この記事は2024年5月31日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「7月の英国総選挙で14年ぶりに労働党政権誕生か」を一部編集し、転載したものです。


7月の英国総選挙で14年ぶりに労働党政権誕生か
(画像=inkdrop/stock.adobe.com)

(英YouGov「世論調査」ほか)

英国では7月4日に総選挙が行われる。各種の世論調査では、中道左派の最大野党・労働党が、中道右派の与党・保守党を大きくリードする(図表)。支持率の回復を待って秋から冬の総選挙実施が有力視されていたが、景気回復や物価沈静化が進んできたことで前倒しの解散に踏み切った。

欧州連合(EU)を離脱した後の経済・社会の混乱や、就任から1カ月足らずで退任したトラス前首相の政策迷走、ジョンソン政権時代の政府関係者による相次ぐスキャンダルが労働党を勢いづかせている。さらに、5月20日に英調査委員会が公表した、1970~90年代の薬害に対する調査報告書によって高まる政府への責任追及や、2010年以来続く保守党政権からの変化を求める声なども、労働党勝利への追い風となっている。また、右派ポピュリスト政党・英国改革党(リフォームUK)の台頭による保守票の分断や、スコットランドで圧倒的な地盤を誇ってきた左派系地域政党・スコットランド国民党(SNP)の凋落も労働党を利するとみられている。

総選挙の前哨戦となった5月初めの統一地方選でも、保守党は労働党に大敗を喫した。保守党政権を率いるスナク首相は、投資減税の恒久化や国民保険料率の引き下げ、景気回復や物価沈静化の達成、イングランド銀行(BOE)による利下げ開始、不法移民のルワンダへの移送計画開始などの政策で追い上げを目指す。しかし、逆転への道のりは険しく、総選挙で労働党が勝利し、10年に下野して以来となる政権奪還が現実味を帯びている。

次期首相となる可能性が高い労働党のスターマー党首は、検察トップ出身の党内穏健派。幅広い有権者にアピールするため、国有化の方針を撤廃、財政規律の順守を約束し、経済活性化による成長率の引き上げを目指している。その点、筋金入りの社会主義者として知られた前党首のコービン氏が、基幹産業の国有化や反緊縮、量的緩和を通じた公的サービスの拡張、非核化など、保守党政権からの大規模な政策転換を主張していたこととは大きく異なる。

労働党は今回の選挙戦で「英国再建」をスローガンに掲げる。その下で、経済や財政運営の安定性重視、公営エネルギー企業の創設、国民医療サービスの待ち時間削減、不法移民の取り締まり強化と国境警備機関の創設、治安強化のための警察官の増員と犯罪者への罰則強化、私立学校への税優遇廃止や教師増員などに取り組むことを約束している。

こうしたスターマー党首の現実路線を反映して、金融市場参加者は労働党の政権奪取を好感する可能性が高い。特に労働党が過半数を大幅に上回る勝利を収めた場合、政治的な安定性が増すと受け止められよう。EUとの関係改善に向けた協議が開始されることも予想され、労働党政権が長期化すれば、将来的に関税同盟や単一市場への再加盟の可能性も浮上しそうだ。

7月の英国総選挙で14年ぶりに労働党政権誕生か
(画像=きんざいOnline)

第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト/田中 理
週刊金融財政事情 2024年6月4日号