この記事は2024年10月11日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「人手不足と物価上昇下で高まる賃上げの重要性」を一部編集し、転載したものです。


人手不足と物価上昇下で高まる賃上げの重要性
(画像=ELUTAS/stock.adobe.com)

(内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」ほか)

わが国では近年、政府と日本銀行が賃上げを重視する方針を明確に示すようになった。経済財政運営の基本方針である「経済財政運営と改革の基本方針2024」(骨太方針2024)のテーマは「賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現」であり、「賃上げ」がテーマに掲げられるのは2年連続となる。日銀も物価安定目標の達成に向けて、賃金と物価が相互に連関しながら上昇率を高めていく「賃金と物価の好循環」を目指している。

賃上げのカギを握るのは、雇用主である企業だ。企業は人材戦略上、賃上げをどのように捉えているのだろうか。この手がかりとなるデータが、内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」で示されている。24年7~9月期調査(以下、24年調査)では、時勢に沿った項目として「今年度における従業員確保の取組」(以下、本調査)が示された。本調査は初回の19年7~9月期調査(以下、19年調査)以来5年ぶりに実施された。

図表に本調査結果の概要を示した。24年調査では、回答社数の構成比(10項目の選択肢中3項目以内の複数回答)が1位の選択肢、すなわち企業が人材確保の観点で最も重要度が高いと考えている取り組みは、すべての企業規模で「賃金(初任給を含む)の引き上げ」となっている。19年調査から24年調査にかけた「賃金(初任給を含む)の引き上げ」の回答社数構成比の変化を見ると、大企業で33.1%から72.3%、中堅企業で40.6%から67.9%、中小企業で58.0%から72.8%と、すべての企業規模で大幅に上昇した。

一方、19年調査では、大企業や中堅企業において1位だった「人材育成の強化」が、大企業で69.1%から57.4%に、中堅企業で58.9%から41.7%に低下し、2位に落ちた。ここ5年で、企業の人材確保戦略において重視されてきた人材育成などの取り組みよりも、賃上げの重要度が飛躍的に高まっていることがうかがえる。

こうした企業行動の変化の要因として、人手不足と物価上昇という二つの外部環境の変化が大きいとみられる。足元における企業の人手不足は、5年前より一段と深刻だ。加えて、国内で物価の上昇が続く下で、企業が賃金改定を決定するに当たり、物価動向を重視する傾向も強まっている。

24年春闘の33年ぶりの高い賃上げ率を反映し、ハードデータである賃金統計で上昇加速の動きが見られる。ソフトデータである本調査のようなアンケート結果でも、企業の賃金設定行動に変化が見られている。日本の賃上げが定着しつつある証左といえよう。

人手不足と物価上昇下で高まる賃上げの重要性
(画像=きんざいOnline)

SBI新生銀行 グループ経営企画部 金融調査室 シニアエコノミスト/森 翔太郎
週刊金融財政事情 2024年10月15日号