特集「令和IPO企業トップに聞く 〜 経済激変時代における上場ストーリーと事業戦略」では、IPOで上場した各社のトップにインタビューを実施。コロナ禍を迎えた激動の時代に上場を果たした企業のこれまでの経緯と今後の戦略や課題について各社の取り組みを紹介する。

創業時からの事業変遷
ーーまず、創業から上場までの事業変遷についてお伺いしたいと思います。創業は2012年ですが、上場までのターニングポイントや事業の進化について教えてください。
株式会社Will Smart 代表取締役社長・石井 康弘氏(以下、社名・氏名略) 創業は2012年12月で、株式会社ゼンリンデータコムの社内ベンチャーとして誕生しました。顧客もゼロで数名のメンバーのみといった状態からのスタートで、創業当初はデジタルサイネージ商材を中心に鉄道事業や商業施設において実績を作りながら新しい顧客を開拓し、事業領域を拡張してきました。2016年度に経営体制を変更したことに伴って、サイネージの情報配信とオペレーションを組み合わせた課題解決型のソリューション提案へとビジネスモデルの転換を図り、その年の黒字化を実現しました。
ーー2020年にはコロナ禍がありましたが、どのような影響があったのでしょうか?
石井 我々の顧客はバスや鉄道、空港など人や物の移動によって経済活動を行う企業様が多いため、コロナ禍による移動制限がかかったことで移動需要が減少し、新規プロジェクトができなくなるなどの影響がありました。
2020年度については売上への影響はほとんどありませんでしたが、2021年度や2022年度はコロナ禍の影響が深刻化し、業績に大きな打撃を受けました。それでも、2023年度には徐々に訪日外国人旅行者の回復や国内旅行の復活が見られたことで、業績が復調し、無事上場を果たすことができました。
ーーこれまでの事業の中で最も大きな課題や壁は何だったでしょうか?
石井 創業当初はデジタルサイネージ商材を中心に展開していたのですが、利益ベースでは事業の存続が難しく事業内容や事業モデルを転換して収益構造を見直さざるを得なかったことが特に大きな壁でした。また、2016年以降は会社の成長に伴う固定費の増加と収益性のバランスを取るのが難しくなり、業績が悪化した時期もありました。事業の成長に合わせて適切な体制づくりを行うことが目下の課題だと考えています。
ーーそのような厳しい状況の中で、業績を回復させることができたのはなぜでしょうか?
石井 Will Smartは、顧客企業の事業課題に対してIoTやWEBシステムのソリューションの企画提案から受託開発を提供しており、そのなかで培った、顧客事業の理解力と課題解決力が強みです。近年、人口減少や高齢化による現場業務の労働人口不足や地域交通の再編に対するソリューション不足などが喫緊の課題となっていますが、我々はこれを新たなビジネスチャンスと捉え、地方公共交通再編に必要な交通利用データの分析や可視化支援、ガソリン車・EV車の双方に対応した車両データ収集・管理基盤の提供など新たなサービスを展開しています。時代の変化に伴って生じる新規需要やビジネスモデルの変化に適したソリューションを考案し、その仕組みを自ら開発することで事業の成長を実現しています。
上場を目指された背景や思い
ーーでは、続いて上場を目指された背景や、その思いについてお聞かせください。
石井 創業当初から「上場を目指そう」という漠然とした目標はありましたが、それが具体的になったのは2018年に九州旅客鉄道株式会社(JR九州)をはじめとする事業会社6社との資本業務提携を結んだことがきっかけです。株式会社ゼンリンの100%子会社から少しずつ外部の資本が入ったことで独立性を高め、上場を目指すことが既定路線となっていきました。 株主から新たな事業の創出や事業拡大の実現を求める声が強くなったことも上場を目指すことを後押ししました。
ーー株主からの期待を背負いながら上場されたと思いますが、上場前と後で何か大きく変わったことはありますか?
石井 一番大きな変化は、自社で発表する機会が圧倒的に増えたことです。上場に伴い、より多くのステークホルダーに対して我々の持つビジョンや成長戦略、業績などを定期的に発信することが求められるようになりました。また、メディアからの注目も高まり、広報活動の重要性が一層増しています。上場をきっかけに発信力を強化していることが投資家やメディアだけでなく、採用活動や取引先との関係性の構築においても良い影響を与えていると感じています。
今後の事業戦略や展望
ーー今後の事業戦略や将来の展望について、いくつかお聞かせいただけますでしょうか?
石井 日本国内では労働人口の減少が深刻な社会問題となっていますが、当社の顧客企業も例外ではありません。例えば、バスの運転手不足により、路線の廃止や減便が進み、地域住民の生活の質に大きな影響を与えています。物流業界においてもトラックドライバーの労働時間規制によって労働力の確保が困難になる一方で荷物は増えているという状況が出てきています。 こうした市場環境の変化に応じて顧客の変革意識は高まり、それに伴ってIT投資も拡大していくと考えられるので、当社の競争優位性を武器に顧客の新規事業を獲得し、成長につなげていきたいです。
ーーどのように解決できると考えますか?
石井 人手不足を補っていくためには人手中心のビジネスからデジタル中心のビジネスへと転換し、業務を無人化・自動化していく必要がありますが、Will Smartは事業運営における基幹システムを刷新することで解決していきたいと考えています。ただ単に刷新するだけでなく、人手不足を解消しつつ売り上げの向上や生産性の向上を実現できるシステムが必要です。 また、今後は国や自治体、モビリティ関連企業との連携をさらに強化していき、「地域共創」分野での取り組みを進めることで社会課題解決型DXを推進していきます。
今後のファイナンス計画や重要テーマ
ーー次に、今後のファイナンス計画や、御社にとって重要なテーマについてお聞かせいただけますでしょうか。
石井 まず、ファイナンスに関してですが、私たちは現在、自社投資を拡大しています。特にこれまでに開発したソリューションを機能ごとに提供するための自社サービスプラットフォームの強化について投資が必要な状況です。プラットフォームにはデジタルサイネージを活用した情報配信システムやカーシェアリングシステムなどが含まれていますが、今後はライドシェアやEV充電サービスへの対応などを推進していく予定です。
ーー具体的な投資先についても教えていただけますか?
石井 例えば、長崎県平戸市と公共ライドシェアの社会実装に向けた取り組みを進めています。公共ライドシェアとは、自家用有償旅客運送制度に基づいて運営されている公共交通機関が不足する交通空白地の移動手段を確保することを目的とした取り組みです。ライドシェアの導入にあたっては利用者の安全の確保、運転手の勤怠管理やマッチングシステムなどが必要であり、ここに対する取り組みを拡大していきたいと考えています。
ーー次に注力しているテーマについても教えてください。
石井 もう一つの大きなテーマは、EV(電気自動車)の充電インフラです。経済産業省が「OCPP(Open Charge Point Protocolの略)」※1の通信規格を推進し、遠隔で管理・運用ができることを2025年以降のEV充電インフラ補助金交付の要件とする旨を「充電インフラ整備促進に向けた指針」で発表しています。※2
これに伴い、私たちは、OCPPに対応したEV充電器を遠隔管理する「CSMS(チャージステーションマネジメントシステム)」の開発に取り組んでおります。このシステムによって、充電器の予約やクレジットカード決済、リアルタイムの空き状況確認が可能となり、充電インフラが大きく進化していきます。
※1:充電設備と管理・運用システム間の通信を標準化する通信規格
※2:経済産業省「充電インフラ整備促進に向けた指針」
(URL https://www.meti.go.jp/press/2023/10/20231018003/20231018003-1.pdf)
ーー非常に興味深い取り組みですね。他にも重要なテーマはありますか?
石井 その他には物流業界の2024年問題解消に向けて物流事業者の効率化に向けた取り組みを行うことを検討しています。国土交通省は2025年度予算概算要求で物流関係の予算に5,300億円を超える規模の予算を要求しており、2025年度も引き続き物流改革への取り組みが実施されると予想されます。私たちはガソリン車とEV車の双方に対応している車両情報取得デバイスを活用した車両データの解析を強みとしていますが、今後はトラックなどの大型車向けデバイスの開発を進めたいと考えております。
ーー今後の成長を見据えたファイナンス計画についてもお聞かせください。
石井 自社サービスの拡充と営業強化によりストック型売上の比率を高め、業績の確実性の向上を進めたいと考えています。また、案件創出総数の拡大のための営業体制の強化やマーケティング施策による潜在的な顧客層の発掘を行ってまいります。 また、M&Aによる開発体制の充実も視野に入れながら従業員の能力及び生産性の向上を目指します。営業・開発の双方において事業基盤の強化を図ってまいります。
ZUU onlineユーザーに一言
ーーでは最後に、ZUU onlineのユーザーである投資家や企業経営者に向けて、一言お願いできますでしょうか?
石井 当社のミッションは、アイデアとテクノロジーで社会課題の解決を実現することです。先ほどもお話ししましたが、我々が取り組んでいる分野は、まさに社会課題が満載の領域です。このミッションを体現するために、今後も様々な挑戦を続けていきます。
2024年に関しては、当社は目の前の売上も追いつつ、長期的な成長を見据えた「仕込み」の年と位置付け、調達した資金を活用しながら、将来に向けた投資や準備を進めてきました。また、決算期の変更も行い、売上構造をより適切に反映できるようなりました。
2025年は当社にとって次のステージの始まりとなる大切な年です。皆様のご支援をいただきながらこれまで以上にデジタル技術を最大限に活用し、モビリティの維持発展に向けてお客様との共創に邁進していく所存です。また、モビリティDXの取り組みに加え国・自治体との地域共創など、新しい分野へも積極的にチャレンジし、さらなる成長を目指してまいります。これからも、当社のIR活動を通じて将来のビジョンをしっかりと発信していきますので、末永くお付き合いいただける当社のファンになってくださる方々と出会えることを楽しみにしています。
- 氏名
- 石井 康弘(いしい やすひろ)
- 社名
- 株式会社Will Smart
- 役職
- 代表取締役社長