本記事は、熊谷徹氏の著書『GDPで日本を超えた!のんびり稼ぐドイツ人の幸せな働き方』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

時計,ビジネス
(画像=New Africa / stock.adobe.com)

日本でもできる、時短のためのヒント

日本とドイツには法律や社会保障制度、メンタリティーの違いがある。このため、ドイツで行われている時短の方法を100%日本に当てはめることは難しい。たとえばドイツの会社員たちが約30日の有給休暇を100%消化できること、1日の労働時間が10時間に制限されていること、病気や怪我で働けない時にも6週間まで給料が全額払われるのは、労働組合が長年にわたって政府や経営側と交渉を繰り返してきたからだ。これらの労働条件は、第二次世界大戦後にドイツの労働組合が政府や経営者と根気強く交渉して得られた成果である。

これに対し日本の連合や、各企業の労働組合には、ドイツの組合ほどの強引さ、戦闘精神はない。私の眼には、日本のほとんどの労働組合は、経営側に取り込まれているように見える。「お客様に迷惑をかけてまで、ストライキをやってはならない」というのが、日本の労働者のメンタリティーだろう。顧客に忖度し、迷惑をかけないようにするのは、おもてなし大国日本の美徳の1つであり、安易にドイツ流の交渉態度を導入するのは難しいかもしれない。

だがドイツ人たちの働き方の中には、日本人が採用できるものもある。日本の職場に取り込んでも大きな摩擦を生まないものは、トライする価値があるのではないだろうか。

さらば属人主義!

長期休暇を取ったり、1日の労働時間を10時間以内で抑えたりするためには、仕事が人につくのではなく、会社につくようにすることが前提だ。仕事が会社につくようにすれば、顧客は担当者が2~3週間の休暇を取っていても、他の同僚がきちんと対応してくれれば、怒らない。

ドイツでは、企業間の取引の中で人間関係が果たす役割が、日本ほど大きくない。あくまでも企業間の関係が中心だ。つまり仕事が個人ではなく、会社についているので、担当者が休暇のために不在でも日本ほど大きな問題にはならない。顧客も、「仕事は個人ではなく会社につくものだ」ということをよく理解している。

私は日本でもドイツでも、「余人をもって代え難い」という状況は、ほとんど存在しないことを学んだ。どんなに優秀な人材でも、その人がいないから企業が機能しなくなることはあり得ない。優秀な人が辞めても、企業は豊富な予算を持っているので、すぐに後任者を見つけることができる。

さらにドイツ企業では、社内規則の持つ比重が日本以上に重い。得意客に頼まれても、社内規則をまげることはできない。このため、個々の社員が社内の人間関係を利用して個人プレーを行う余地は比較的少ない。取締役から平社員まで、規則を遵守するのが全ての基本だ。したがって顧客の担当者に対する思い入れ、特に「長年付き合いのあるこの担当者ならば、無理を聞いてくれるだろう」という期待感は、日本に比べると希薄だ。社内規則の重視も、仕事が個人ではなく会社につくという、ドイツ企業の性格の一因である。

またドイツ企業では、雇用の流動性が日本よりも高い。社員が給料を引き上げたり、新しい業務を経験したりするために、自分から希望して別の部署へ転属したり、他の会社へ移ったりするのは日常茶飯事だ。このため、担当者が頻繁に変わる。担当者が変わっても、企業間の取引は続いていく。顧客にとっては、誰が担当者であるかではなく、会社がきちんと対応してくれることが重要なのだ。

仕事が会社についていれば、平社員は良心の呵責かしゃくや「仕事がなくなる」という不安に悩むことなく、2~3週間の休暇を取ることができる。顧客は個々の社員とではなく、会社と取引をしているからだ。したがってドイツの顧客の間では、個々の担当者への感情移入は日本に比べると、少ない。みんながまとまった休みを取れる会社を作るには、属人主義と訣別することが最初の一歩だ。その際には、顧客にも新しいルールを理解してもらうことが重要だ。「お客様への対応をこれまで以上にスムーズにして、回答に要する時間を減らすために、お客様には単独の担当者ではなく、同じチームに属する複数の社員が対応するという新しい決まりを作りました」という対外コミュニケーションを行えば、顧客も理解してくれるだろう。

長期休暇を取るには共有ファイル設置が第一歩

誰もが長期休暇を取れるようにするための第一歩は、仕事の抱え込みをやめることだ。

仕事は自分のものではなく、会社のものなのだから、課の中で仕事を他の同僚と共有しよう。そのためには、会社のITシステムのサーバーの中に、誰もがアクセスできる共有ファイルを作ることが重要だ。担当者が休暇を取っていても、他の同僚がその顧客に関する全ての契約書や計算書、メールのやりとりなどを調べて、顧客の問い合わせに迅速に対応できるような仕組みを作らなくてはならない。

逆に言えば、こうした社内情報共有システムがなかったら、担当者が2週間休暇を取った時に、業務が滞ってしまう。顧客が怒って、取引量が減ったり取引を打ち切られたりするかもしれない。

仕事熱心な営業マンの中には、「他の同僚が、俺の顧客に関する資料を見ると、他の同僚が担当している顧客に機微な情報が漏れるかもしれない。だから、俺の顧客に関する資料は、誰にも見せない」と考えて、同僚に資料を見せたがらない人がいるかもしれない。

だが属人主義をやめるには、仕事を抱え込むことは禁物である。そのようなことをしていたら、自分が留守中に他の同僚に対応してもらうことができなくなるので、長期休暇を取ることは極めて難しくなる。長い休みを取りたかったら、「他の社員には、自分の顧客は担当させない」という縄張り意識を捨てよう。

ある顧客に関する情報を、他の顧客に伝えないことは基本中の基本である。そのような行為をした社員は、守秘義務に違反したことになり、ドイツでは即時解雇される。ドイツの企業で働くビジネスパーソンは全員、就職する時に、会社との間で雇用契約を結ぶ。雇用契約が定める義務の中には、業務上知り得た秘密を漏らさないという項目がある。雇用契約書に署名をするということは、その内容を守ることを誓約するのと同じことだ。したがって、自分の留守中に他の同僚が自分の顧客に関する情報を見ても、それが顧客の競争相手に漏れることを心配する必要はない。制裁措置が極めて厳しいので、就業規則に違反してクビになる危険を冒す人は滅多にいない。

デリケートな顧客情報を他の顧客の担当者にどうしても見て欲しくないと考えるならば、その顧客を担当する同僚の数を最小限にすればよい。

『のんびり稼ぐ ドイツ人の幸せな働き方』より引用
熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。
著書に『ドイツ人はなぜ、年収アップと環境対策を両立できるのか』『ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか』『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(以上、青春出版社)、『日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ』(洋泉社)など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム基金賞奨励賞受賞。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます。
ZUU online library
※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます。