本記事は、熊谷徹氏の著書『GDPで日本を超えた!のんびり稼ぐドイツ人の幸せな働き方』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
長時間労働をさせる企業には最高500万円の罰金
労働時間の規制についてドイツが日本と最も異なる点は、この法律が日本よりも厳しく守られている点だ。読者の皆さんは「日本でも労働基準法の第32条によって、1週間の労働時間の上限は40時間、1日8時間と決まっている」と考えるかもしれない。だが日独の労働時間規制の間には、大きな違いがある。それは、ドイツでは事業所監督局(日本の労働基準監督署に相当する)が時々立ち入り検査を行って、企業が労働時間法に違反していないかどうか厳しくチェックするということだ。事業所監督局の係官はときおり事前の予告なしに企業を訪れて、電子タイムカードなどを調べて就業者の労働時間をチェックする。
事業所監督局が立ち入り検査を行った結果、経営者が社員を組織的に毎日10時間を超えて働かせていたことが発覚すると、経営者は最高3万ユーロ(480万円)の罰金を科される可能性がある。この罰金額は、以前は15,000ユーロだったが、2023年12月から2倍に引き上げられた。経営者が繰り返し社員に長時間労働を行わせていた場合など、悪質なケースになると、経営者が検察庁に告発され、最高1年間の禁固刑を科される可能性もある。つまり経営者は、社員を10時間以上働かせていると、「犯罪者」になってしまうかもしれないのだ。
たとえば2009年4月には、テューリンゲン州の事業所監督局が、ある病院を長時間労働の疑いで摘発した。事業所監督局は医長に対し、医師らに1日当たり10時間を超える労働をさせていたという理由で、6,838ユーロ(109万円)の罰金を支払うよう命じた。ドイツで長時間労働が摘発されるケースが多い業種は病院、IT企業、建設業界だ。ほとんどのケースは、社員が監督官庁に対し「この会社では10時間を超える労働が常態化している」と通報することによって摘発される。
2013年にはある大手IT企業の社員が、ニュース週刊誌シュピーゲルに対して、「私が働いている会社は、数年前から、労働時間法に違反している。ノルマを果たすためには、1週間に50〜60時間働くのが普通になっている。電子タイムカードなどによる労働時間の記録も行われていないし、残業代も払われていない」と不満を訴えていた。ちなみに全てのドイツ企業は、連邦労働裁判所が2022年9月13日に下した判決により、電子タイムカードなどによって社員の労働時間を記録することを義務付けられている。
このためドイツ企業の経営者は、社員を1日10時間以上働かせないように、細かい神経を使う。その神経の使い方は、日本企業を上回る。「繁忙期だから」とか「顧客が強く要望しているから」という言い訳も通用しない。ドイツの企業ごとの労働組合は「事業所評議会(Betriebsrat)」と呼ばれる。事業所評議会は、労働時間が10時間を超えていないかどうかについて厳しく監視する。
ある企業では、社員が使っているPCの画面に「あなたの今日の労働時間は、まもなく10時間になります。1日当たり10時間を超える労働は法律で禁止されています。直ちに退社して下さい」という警告が表示され、社員に仕事をやめるように促す。このような警告を受ければ、社員も退社するだろうから、良いアイデアである。
ドイツの企業では、電子タイムカードを労働時間の記録機械に触れさせて退社したことにしてから、オフィスに戻って働き続ける行為は「労働時間をめぐる詐欺的行為」と見なされて、発覚した場合解雇される危険がある。クビになるリスクを冒してまで残業する人はいない。
またドイツでは、「サービス残業」はあり得ない。残業が必要になるということは、仕事の量に比べて社員の数が足りないことを意味する。経営者は、顧客からの受注の増加などのために「残業が必要」と判断した場合、まず事業所評議会に残業についての同意を求めなくてはならない。つまり事業所評議会が同意しない限り、残業はあり得ない。
多くのドイツ企業の社員は、「時間口座」を持っている。口座がプラスであれば、実働時間が所定労働時間を上回っていることを示し、マイナスであれば、実働時間が所定労働時間よりも少ないことを示す。マイナスの状態が続くと、上司から注意されたり、給料を減らされたりする可能性がある。プラスが多い人は、代休を取るか、繁忙期ではない時期に早く退社することによって、残業時間を減らす。
代休を取ったり、早く退社したりしても時間口座に残業時間が残る場合には、社員に残業代が支払われる。その際には事業者評議会が残業に同意することが前提だ。ただし残業代は1分ごとに支払われるので、かなり高くなる。したがって経営側は人件費の増加を防ぐために、できるだけ社員に残業をさせないようにする。これも、経営者が社員の労働時間をなるべく短くしようとする理由の1つだ。これらの事実から、社員が残業代をもらわないで残業を行うサービス残業はドイツではあり得ないということが理解してもらえるだろう。管理職にとっては、限られた人数の社員をいかにうまくやり繰りして成果を生むかが、腕の見せ所になる。
労働時間が長い会社には優秀な人材が集まらない
企業が社員に長時間労働をさせないもう1つの理由は、企業のイメージを守るためだ。メディアが「ある会社は組織的に社員を毎日10時間以上働かせて、労働時間法に違反していた」という事実を報じると、企業のイメージに深い傷がつく。現在ドイツでは人材不足が深刻化している。機械製造やIT、生成AIなどの知識に
「あそこは長時間労働をさせるブラック企業だ」と思われたら、優秀な人材が集まらなくなる。これは企業にとって、深刻なダメージである。だから多くのドイツ企業は、「働きやすく、ワークライフバランスが良好な会社」というイメージを前面に押し出そうとしている。そういう印象を持ってもらわないと、優れた働き手は他の会社へ行ってしまう。その意味で、1日の労働時間が10時間を超えない、長時間労働をさせないというのは、この国の企業にとって正に「イロハのイ」である。
私は、デュッセルドルフのある日本企業の駐在員から、こんな話を聞いた。「ドイツのメディアが日本の労働条件について時々報じるので、最近はカローシ(過労死)という言葉がドイツでもよく知られています。このため、一部のドイツ人が『日本企業では労働時間が長い』という先入観を抱くので、なかなか優秀な社員が集まらず、困っています」。デュッセルドルフ以外でも、「日本企業の労働時間はドイツよりも長い」と考えているドイツ人は少なくない。我が国の長時間労働は、1万キロ離れたドイツで、日本企業に社員が集まりにくくなるという、一種の風評被害を引き起こしている。
企業によっては、事業所監督局から労働時間法違反のために摘発された場合、罰金を会社の予算からではなく、社員に10時間を超える労働を行わせていた課の管理職に払わせる会社もある。部長や課長は500万円近い罰金を自腹で払わされてはたまらないので、どんなに業務が多忙な時でも社員に帰宅を促す。部下に毎日10時間を超える労働を
もちろん1990年代には、60歳を超えていた管理職が、19時頃に1つ1つオフィスを回って(当時ドイツの企業のオフィスは、基本的に1人部屋か2人部屋だった)、誰が仕事をしているかチェックしていたという話を聞いたことがある。毎日遅くまで働いていたある社員は、その後この管理職によって目をかけられて、出世したという。だがこれはドイツでも昔の話であり、今日では「時代錯誤」と思われるだけだ。
ドイツには、「金曜日の午後は働かない」という会社もある。私はある日、バイエルン州のある検査会社に電話をかけた。それは、金曜日の12時5分頃だった。すると電話口に出た社員が、「我が社では金曜日の業務は12時に終わります。月曜日の午前中に電話をかけ直して下さい」と言われた。土日に働かないことは、言うまでもない。この会社の社員にとっては、金曜日の12時に週末(ウイークエンド)が始まるのだ。日本では考えられないような、「社員本位」の会社だなあと思った。日本だったら、電話をかけ直せと言われたお客さんは怒ってしまうだろう。だがドイツでは、顧客も含めて「自由時間は、侵してはならない聖なるもの」という社会的な合意があるので、怒る人はいない。
1990年代には、ドイツの中規模の金融サービス会社F社でも、「金曜日の午後には、顧客が訪問を希望しても、アポイントメントを受け付けない」という不文律があった。顧客もそれを知っていて、F社を金曜日に訪問して打ち合わせを行う場合には、昼までに終わらせるというルールを守っていた。F社では多くの社員が、金曜日のコア・タイムが終わる午後3時には、退社していたからである。ここでも「自由時間は侵してはならない聖なるものであり、仕事よりも優先される」という考えが息づいていた。
著書に『ドイツ人はなぜ、年収アップと環境対策を両立できるのか』『ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか』『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(以上、青春出版社)、『日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ』(洋泉社)など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム基金賞奨励賞受賞。※画像をクリックするとAmazonに飛びます。
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