本記事は、熊谷徹氏の著書『GDPで日本を超えた!のんびり稼ぐドイツ人の幸せな働き方』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
ドイツ人が有給休暇を100%消化できる理由
なぜドイツ人は有給休暇を全部消化できるのだろうか。いくつか理由がある。
ドイツの企業で平社員が有給休暇を完全に消化しないで残しておくと、管理職から「あなたはなぜ有給休暇を全部取らないのか」と詰問される。
管理職は、事業所評議会から「なぜあなたの課には、有給休暇を100%消化しない社員がいるのか。あなたの仕事の配分や、人事管理のやり方が悪いので、社員が休みを取りにくくなっているのではないか」と追及されるかもしれない。したがって、管理職は上司や組合から白い目で見られたくないので、部下に対して、有給休暇を100%取ることを事実上義務付けている。
つまりドイツの平社員は、上司が社内で怒られないようにするためにも、30日間の有給休暇を完全に消化しなくてはならない。日本人の我々の目から見ると、「有給休暇を取らなくてはならない」というのは、なんと幸せなことだろうか。しかも、毎年30日、つまり6週間である。
休むことに罪悪感を持たない
2016年にエクスペディアが発表した調査結果によると、「有給休暇の日数が足りない」と感じている人の比率がスペインでは68%、韓国では65%と高いのに対し、日本では34%と非常に低かった。また日本では、「有給休暇を取る際に罪悪感を感じる」と答えた人の比率が59%と非常に高かった。フランスでは、この比率はわずか22%だった。
「自分の有給休暇の日数を知らない」と答えた人の比率も、日本では47%と高いことがわかった。私はこの数字を見て、驚いた。ドイツでは、自分の有給休暇の日数は、ビジネスライフの中で最も重要な情報の1つである。回答者の半分近くが自分の有給休暇の日数を知らないということは、日本の勤め人の間でいかに有給休暇が軽視されているかを示している。ちなみにドイツに匹敵する休暇大国フランスでは、「自分の有給休暇の日数を知らない」と答えた人の比率は14%にすぎなかった。
また日本人の間では「自分が有給休暇を取ると、同僚の仕事が増えて迷惑がかかるので、あまり取る気がしない」と感じている人が多い。その結果、あまり休みを取らないので、有給休暇の日数も把握していない人が多い。
2024年に同社が発表した調査結果によると、日本の回答者の32%が「人手不足など仕事の都合上忙しかったので、有給休暇を取らなかった」と答えた。つまり回答者の3人に1人は周りに遠慮して、休みを取らなかったのだ。
私はこれを読んで大変悲しい気持ちになった。我々日本人は、周りの人に配慮する、なんと優しい人々なのだろうか。ドイツでは、「長期休暇を取ることは労働者の当然の権利」という考え方が社会に根付いている。会社が人手不足だろうが、客からの注文が急増していようが、自分の休暇は休暇である。
会社が忙しいからという理由で、自分の有給休暇を犠牲にする人は、高い給料をもらっている取締役や管理職や自営業者を除けば、ドイツでは少ない。しかもドイツでは課の全員が交代で休みを取るので、休暇を取ることについて罪悪感を抱いたり、「あいつは休んでばかりいる」と同僚を妬んだりする人はいない。休んだ罪滅ぼしに、旅行先からお土産を買ってきて同僚に配る必要もない。
私もNHKで働いていた時、欧州へ個人的に旅行するために1週間休暇を取る際には、他の同僚に対して申し訳ないという、後ろめたい気持ちがあった。今考えると、なぜそうした気持ちを抱いたのか、不思議だ。やはり学校での教育のせいだろうか。
「アリとキリギリス」の呪縛
ひとつ思い当たるのは、日本人なら誰でも幼い時に読まされるイソップ寓話の1つ「アリとキリギリス」だ。私はこの話をいつ読んだのか、はっきり覚えていない。幼稚園にいた時に、絵本で読んだような、ぼんやりとした記憶がある。当時はイソップ寓話ではなく、イソップ童話と名付けられていた。
この寓話は、あちこちの国で細部を改変されており、結末などにいくつかのバージョンがある。しかしおよその粗筋は、こんな感じだ。夏のある日、キリギリスはバイオリンを弾いたり歌を唄ったりして、楽しく暮らしていた。そこへ、アリたちの群れが通りかかる。
アリたちは、食べ物を巣に運んでいる。不思議に思ったキリギリスは、「アリさんたち、今は夏で食べ物が豊富にあるのに、なぜ食べ物を運んでいるんですか」と尋ねた。アリたちは、「冬になったら、食べ物が少なくなる。だから冬に備えて、食べ物を巣に運んでいるのだ」と答えた。
やがて冬が到来して、食べ物が少なくなり、キリギリスは空腹に悩まされる。一方、アリたちは夏の間に食べ物を巣に蓄えていたので、飢えることはなかった。キリギリスは、アリたちの巣を訪れる。アリたちはキリギリスに、「私たちが、冬に備えるために夏に一生懸命働いていた時に、あなたはバイオリンを弾いて遊んでいたではありませんか」という言葉を投げつける。あるバージョンでは、アリたちが、腹を空かせたキリギリスに同情して、食べ物を与える。
この寓話は、「将来に備えることの大切さ」を教えるものだ。だが私は子どもの頃にこれを読んで、「せっせと働かないと、将来食いはぐれる。困窮して、他人から食べ物を恵んでもらわなくてはならなくなる。遊んでばかりいると、キリギリスのような運命をたどる」という恐れを抱いた。
私は小学校、中学校、高校から大学に至るまで、いわゆる「ガリ勉タイプ」だった。中央線に乗って通学する時には、常に単語帳を持って、英語やドイツ語の単語や文例を暗記していた。自転車で駅に行く途中には、暗記したドイツ語の歌を唄って、発音を自然にしようとした。「一生懸命勉強して、大企業に行かないと、将来食べられなくなる」という強迫観念が、私を突き動かしていた。通信簿でオール5を取っても安心できなかった。「次の通信簿でもオール5を取れるだろうか」という不安を抱き、さらに勉強するのだ。大学の講義やゼミには必ず出席した。講義をさぼったために、試験の前に他の学生のノートをコピーしたことは、一度もない。
NHKに入ってからもそうだった。先輩に言われるまま、毎晩、毎朝、警察官や検察官の自宅へ「夜討ち」「朝駆け」を行った。安アパートに戻るのは、早くても23時だった。朝5時には、捜査員の自宅へ向かった。ある大事件の取材の時には、3カ月間にわたり週末も含めて、1日も休まなかった。それが当たり前だと思っていた。目をギラギラさせ、「特ダネになる話はないか」と常に考えながら、神戸や東京の町をタクシーで走り回っていた。
「若い時に遊び呆けていると、歳をとってから困窮する。だから遊びのことなどを考えずに、がむしゃらに働かなくてはならない」という強迫観念を私の心に植え付けたのは、「アリとキリギリス」の寓話だった。「悪いことをすると、死んでから地獄に落ちる」という地獄草紙にも似た効果を持っていた。
この「アリとキリギリス」の寓話の精神は、特に小学校、中学校での生活、そして当時「受験戦争」と呼ばれた厳しい競争の中に反映されていた。私は「昭和的な働き方」をしてきた日本人の心の中には、「アリとキリギリス」に象徴される、勤勉を尊び、人生を楽しむことを卑しむ考え方が深く浸透していたと考えている。この生活態度が、企業や役所に入ってからの長時間労働や、有給休暇をなるべく取らないという傾向につながっていった。
「アリとキリギリス」的な思想があるために、我々は他人が働いている時に長期休暇を取ったり、早く退社したりする時に、強いうしろめたさを感じる。遊ぶことに、罪悪感を持ってしまうのだ。
集団の調和や統率、他人への配慮を重視する日本の教育システムは、「他の人が苦労しているのに、お前だけが楽しんでいてはならない。そういう態度は、いつか罰せられる」という罪悪感を植え付ける。他の人が苦労している時には、自分も苦労することによって、集団との一体感と安心感を得る。
日本の学校や企業では、ドイツ人のような「他人は他人、自分は自分」と割り切ることが難しい。幼い時に心に植え付けられた意識は、なかなか消えない。私はドイツへ来てから今年で34年目になるが、「将来困らないように、今頑張って働こう」という一種の貧乏精神は、悲しいことに、いまだに私の脳裏に残っている。
だがドイツ人の間では、休むこと、遊ぶことについて罪悪感は全くない。みんな当然の権利だと思っている。全員が交代で休暇を取るので、不公平はない。しかもドイツでは、「休暇は、働く者全てに与えられた権利」という社会的な合意が出来上がっている。
私は34年間ドイツに住んでいるが、不況を克服するために法律で定められた有給休暇の最低日数を減らそうという議論は、この間に一度も行われたことがない。ドイツ人にとって、休暇とは空気を吸うことと同じくらい、生きるためには当たり前のことであり生活に不可欠のものなのだ。もしも連邦議会議員が「法律で決められた最低有給休暇日数を減らそう」などと提案したら、その政治家は次の選挙で落選するだろう。休暇はそれほどまでに重要で、政治家にとっても触れてはならないものなのだ。
私は1989年にドイツで裁判官をインタビューしたことがある。この裁判官は、「休暇(Urlaub:ウアラウプ)とは、人生の中で最も重要なものだ」と私に語った。仕事から距離を取って、家族と時間を共有することができるからだ。しかも国民全員が休暇を取る権利が、法律によって保障されている。ドイツに住んでいる人は、本当に恵まれていると言うべきだろう。私は1989年には、なぜ裁判官が「休暇は人生の中で最も重要だ」と言ったのか、よく理解できなかった。NHK記者として、馬車馬のように働いていたからだ。しかし今では、裁判官の言葉の意味をよく理解できる。
著書に『ドイツ人はなぜ、年収アップと環境対策を両立できるのか』『ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか』『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(以上、青春出版社)、『日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ』(洋泉社)など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム基金賞奨励賞受賞。※画像をクリックするとAmazonに飛びます。
- 平均賃金がG7で最下位の日本を大きく上回るドイツの賃金水準とは
- 日本のGDP引き下げで、働き方を見直すきっかけにする
- ドイツは長時間労働をさせる企業に罰金!
- 「アリとキリギリス」の呪縛からの解放
- 残業が多い社員は無能と見なされる!
- ドイツ人は「仕事は生活の糧のため」と割り切る人が多い
- 属人主義からの脱出が心の余裕へつながっていく