本記事は、熊谷徹氏の著書『GDPで日本を超えた!のんびり稼ぐドイツ人の幸せな働き方』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

ビジネスマン
(画像=fujiwara / stock.adobe.com)

ドイツの自殺率は、日本よりも大幅に低い

日本は残念ながら、世界有数の自殺大国だ。OECDの2021年(直近)の統計によると、日本の住民10万人当たりの自殺者数(自殺率)は15.6人だった。2021年の数字を発表している25カ国中、日本は韓国、リトアニアに次いで第3位である。G7諸国の中では、日本の自殺率が最も高い。ドイツについては2021年の数字はないが、2020年のドイツの10万人当たりの自殺者数は9.7人だった。2020年のドイツの順位は、第21位だった。2020年の日本の自殺率は15.4人だったので、ドイツよりも58.8%多いことになる。

連邦統計局によると、ドイツの2023年の自殺者数は10,304人だった。日本(21,837人)の半分以下である。ドイツの人口は、日本よりも約3分の1少ない。それにしてもドイツの2倍を超える日本の自殺者数は多い。2005年の日本の自殺者数は、ドイツの3倍を超えていた。

『のんびり稼ぐ ドイツ人の幸せな働き方』より引用
(画像=『のんびり稼ぐ ドイツ人の幸せな働き方』より引用)

私は毎年日本に出張するが、東京の地下鉄やJRを利用するたびに、「人身事故のために遅延」という掲示の多さに驚かされる。人身事故という言葉のオブラートに包まれているが、率直に言えば飛び込み自殺だ。飛び込み自殺の数が多いせいか、新聞のベタ記事にすらならない。日本に住んでいる人にとっては日常茶飯事なのかもしれないが、ドイツに住んでいる私には、この頻度は異常に感じられる。「東京は人口が多いのだから、自殺の頻度も高くなる」と言っている日本人がいたが、私には納得できない。私は日独間の「生きづらさ」の違いが、根底にあると考えている。

韓国と日本という、儒教的文化を背景に持つ国が、自殺率ランキングの1位と3位にあることは、注目される。韓国・日本とも受験勉強のプレッシャーが大きいことで知られる。

これらの国々では、社会の同調圧力がドイツなどの欧州諸国よりも強いのだろうか。

「仕事は生活の糧のため」と割り切る人が多い

ドイツ人の仕事ぶりを見ていると、「仕事を生活の糧を稼ぐための手段として割り切っているな」と感じることが多い。日本では、「仕事は自己を実現するための手段」と考えている人が目立つが、ドイツではそのように考えている人は極めて少ない。ほとんどの人は、「自分と家族を養うために、会社や役所に自分の時間を切り売りしている」と考えている。

したがって、無理をして身体を壊してまで、仕事をしようとする人も少ないのだ。仕事に対して日本人よりも距離を置いており、ドライである。

昭和の時代には、「身体を壊すくらい仕事に打ち込むべきだ」という体育会的な考えを持つ人が多かったように思える。

NHKで働いていた1980年代に、私は看板番組であるNHKスペシャルの取材にしばしば加わった。米国や欧州で、PD(ディレクター)とカメラマンとともに3カ月にわたって取材し、帰国してビデオテープを編集して放送する。極めてクリエイティブで面白い仕事だった。

だがその過程で、PDや編集マンたちが煙草の煙が充満した部屋で、徹夜をしながら番組を作る様子を目撃した。彼らは自分の身体を削るようにして、番組を作っていた。自宅に帰らずに番組のプロジェクトルームのソファで眠るPD、NHKの近くのビジネスホテルで仮眠するPDたちを見た。

なぜこのような無理な働き方になるかというと、番組制作のスケジュールがきつすぎたせいだ。私は、3カ月海外で取材して約100本ビデオテープがたまったら、編集には最低1カ月はかけるべきだと考えていた。編集は、番組の制作の中で最もクリエイティブな作業なのだから、十分睡眠を取り体調が良い時に行なうべきだ。それを帰国から約2週間で編集を終わらせなくてはならないというのは、かなり無理がある。

こうした激務を続けていたPDの中には、素晴らしい番組を制作したが、比較的若い年齢で他界した人もいる。NHKスペシャルの取材・制作でご一緒したS先輩、U先輩はともに鬼籍に入られた。

私は徹夜をすると、頭の中が朦朧もうろうとして、まともな原稿を書けなくなる。徹夜の後遺症は、次の日にまで残る。「テレビの記者の仕事は面白いが、徹夜をして身体を削ってまでするべき仕事ではない」という冷めた考えが、心の片隅に常にあった。

「いい仕事をするには、きちんと休むことが大切だ」といつも思っていた。さらに企業が命じるままに転勤をしたり、長時間労働をしたりする生活には20歳代まででピリオドを打ち、30歳以降は、自分の時間の内、自分でコントロールできる比率を増やしたいと思った。このため私はNHKでの仕事を8年で終えて、仕事についての価値観が全く異なるドイツにやって来たのだ。

時短と休暇がもたらす心の余裕

会社や役所、商店などで働く人の1日の労働時間を最高10時間に制限し、毎年30日間の有給休暇を完全に消化できる制度は、ドイツ人に心の余裕を与えている。勿論ドイツ企業にも、繁忙期はある。業務量が増えても、10時間以内に仕事を処理しなくてはならないというタイム・プレッシャーは大きい。それでも、「あと1週間頑張れば、家族と2週間イタリアへバカンスへ行ける」と考えれば、心身のバランスを崩す危険は、比較的少なくなる。

これが、ドイツで過労死や過労自殺が大きな社会問題にならない理由の1つである。

日本はGDPが世界第4位の経済大国だ。しかし、休暇の取得率や年間労働時間、自殺率などを考えると、本当に豊かな国といえるのかどうか、私には確信が持てない。

労働時間を短くし、労働を今よりも効率的に行えば、労働生産性が上昇するだけではなく、過労死や過労自殺に追い込まれる人の数も大幅に減るに違いない。これは経営者にとっても、勤労者にとっても歓迎するべき変化である。

日本では少子化と高齢化により、労働人口の減少が懸念されている。それだけに、貴重な人材が過重労働のために心身のバランスを崩し、戦列を離れることは日本経済にとっても大きなダメージではないか。ワークライフバランスの改善は市民だけではなく、結局は国のためにもなる。

『のんびり稼ぐ ドイツ人の幸せな働き方』より引用
熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。
著書に『ドイツ人はなぜ、年収アップと環境対策を両立できるのか』『ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか』『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(以上、青春出版社)、『日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ』(洋泉社)など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム基金賞奨励賞受賞。

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