本記事は、熊谷徹氏の著書『GDPで日本を超えた!のんびり稼ぐドイツ人の幸せな働き方』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

GDP
(画像=KT Studio / stock.adobe.com)

ドイツのインフレと円安が「ダメ押し」

バブル崩壊以降、特に21世紀に入ってから日本とドイツの名目GDPの差は急速に縮まった。この結果2022年のドイツの名目GDPは、日本の94.7%のところまで迫っていた。ダメを押すように、最後の5.3ポイントの差をなくしたのが、2023年のドイツのインフレと円安である。

まず2023年のドイツの名目GDPは、インフレによって押し上げられた。インフレの引き金は、2022年のロシアのウクライナ侵攻だ。この戦争の影響で、ドイツは過去ほぼ半世紀で最悪のインフレを経験した。連邦統計局によると、エネルギーや食料品の価格が高騰したため、2022年のドイツの消費者物価上昇率は前年比で6.9%、2023年には前年比で5.9%だった。

2022年のドイツのインフレ率は、第一次石油危機が起きた1973年(7.1%)以来最も高かった。

日本の物価上昇率はドイツに比べると低かった。総務省によると、日本の2022年の消費者物価総合指数の上昇率は前年比で2.5%、2023年は3.2%だった。

つまりドイツの年の物価上昇率は、日本の1.8倍だった。

物価が上昇すれば、財やサービスの合計である名目GDPも上昇する。実質GDPと異なり、名目GDPではインフレの影響が差し引かれていない。このように、ドイツのインフレが日本よりもはるかに深刻だったことが、ドイツの名目GDPを押し上げる一因となった。

『のんびり稼ぐ ドイツ人の幸せな働き方』より引用
(画像=『のんびり稼ぐ ドイツ人の幸せな働き方』より引用)

円安が日本の名目GDPを引き下げた

2023年に日本の名目GDPがドイツに抜かれたもう1つの理由は、円安だ。ドルに対する円の交換レートが下がったからだ。

IMFの統計はドル建てである。日本銀行によると2023年の年初(1月4日)には、交換レートが1ドル=131.30円(1円=0.0076ドル)だったが、2023年の年末(12月29日)には1ドル=141.40円(1円=0.0071ドル)だった。この期間にドルに対する円の交換レートは、約6.6%減ったことになる。

一方この時期に円とは対照的に、ユーロの交換レートはドルに対して改善した。

2023年の年初(1月4日)には1ユーロ=1.0546ドルだったが、2023年の年末(12月29日)には1ユーロ=1.1066ドルだった。つまりこの期間に、ドルに対するユーロの交換レートは、約4.9%改善した。ドルで表した円の価値が下がったのに対し、ドルで表したユーロの価値は逆に増えた。これも、ドル建ての統計で、日本の名目GDPが、ドイツの名目GDPよりも少なくなった理由の1つだ。

『のんびり稼ぐ ドイツ人の幸せな働き方』より引用
(画像=『のんびり稼ぐ ドイツ人の幸せな働き方』より引用)

2023年に円安が起きた理由は、日本と米国・欧州の間の金融政策の違いだ。2022年から2023年にかけて、欧米の通貨当局はインフレ退治のために金融を引き締めたが、日本銀行は引き締めを実施しなかった。

このため大きな金利差が生じた。

米国の消費者物価上昇率は、ロシアのウクライナ侵攻が起きた直後の2022年3月には8.5%、2022年6月には9.1%という高水準に達した。インフレは貨幣価値や市民の購買力を減らすので、通常中央銀行は金融引き締めによってインフレ率を下げようとする。米国の連邦準備制度理事会もその例にもれず、2022年3月以降政策金利を11回も引き上げ、2023年7月には5.5%という高い水準に達した。この「カンフル注射」によって米国のインフレ率は、2024年7月11日には3.1%まで下がった。

ユーロ圏の通貨政策を司る欧州中央銀行(ECB)も似た政策を取った。ユーロ圏のインフレ率は2022年1月には前年同月比で5.1%だったが、ロシアのウクライナ侵攻が始まると急上昇し、同年10月には10.6%という過去最高値を記録した。

ECBは2009年に表面化したユーロ危機以来、ギリシャやイタリアなどを支援するためにゼロ金利政策を続けてきた。だがECBは、ロシアのウクライナ侵攻後の2022年7月にゼロ金利政策と訣別し、政策金利を10回にわたって引き上げた。この結果ユーロ圏の政策金利は2023年9月には4.5%に達した。金融引き締めは、てきめんに効果を発揮した。ユーロ圏のインフレ率は、2022年12月には9.2%だったが、1年後の2023年12月には2.9%、2024年9月には、1.7%に下がった。ECBが適正水準としていた2%を割ったのだ。ユーロ圏で最もGDPが多い経済大国ドイツでも、金利引き上げの効果が現われ、2024年9月の消費者物価上昇率は1.6%まで下がった。

つまりユーロ圏と米国の金融当局は、共同歩調を取って、インフレの火を消すために金融引き締めを行い、一時政策金利をそれぞれ最高4.5%、5.5%という高い水準に引き上げた。

これに対し日本の政策金利は、2016年から2023年までマイナス0.1%という極めて低い水準にあった。2022年・2023年に米国・欧州と日本の政策金利の間に大きな差が生じたことは、円がドルやユーロに対して安くなる傾向につながった。日本銀行は、2024年3月19日にマイナス金利政策を解除していわゆる「異次元緩和」とは訣別したものの、今も基本的には金融緩和政策が続いている。日銀は国債保有残高が多いので、政策金利を大幅に引き上げることが難しい。欧米の中央銀行のように、政策金利を4~5%に引き上げることは事実上不可能とされている。

このように、欧米の通貨当局が、ロシアのウクライナ侵攻が引き起こしたインフレに対処するために政策金利を大幅に引き上げたのに対し、日銀が2023年にはマイナス金利政策を取っていたことが、2023年にドルに対する円安を加速した。これに対しユーロの対ドル交換レートは改善した。ドイツの名目GDPが日本の背後に迫っていたところで、ドイツのインフレと円安が「最後の一押し」となり、2023年に日本とドイツの名目GDPの順位が逆転した。

日独逆転を、働き方を見直すきっかけにするべきだ

日本では、ドイツについてのニュースが大きく取り上げられることは少ない。だが「日独の名目GDPの順位逆転」のニュースは、日本のメディアによって大きく取り上げられた。新聞社や放送局のデスクの間には、日本がドイツに55年ぶりに抜かれたというニュースに、「1つの時代が終わった」という感慨を持った人が多かったのかもしれない。

もう1つ、順位逆転が多くの日本人にショックを与えた理由がある。我々日本人は毎朝満員電車に揺られて職場へ行き、有給休暇も全て消化せずに、毎日のようにサービス残業をしながら働いてきた。滅私奉公を絵に描いたような働き方である。昭和時代には、「働き方改革」という言葉はなかった。私自身、NHKで働いた1980年代に、昼夜を問わない労働を経験した。私は、かつての先輩や同僚の間に、働き過ぎのために身体を壊したり、60歳に達する前に亡くなったりした人を何人か知っている。私は30歳でワシントン特派員に抜擢され、英語で取材することができたためか、パワハラも酷かった。1週間の休暇を取るために、「申し訳ありません」と上司に謝らなくてはならなかった。

本来、長期休暇もとらず、身を粉にして働く国民は、国富を増やし、給料も増えてしかるべきだ。ところが勤勉な働き者の国・日本は、世界で最も労働時間が短く、たっぷり休暇を取るドイツに抜かれてしまった。長時間労働が常識となっている国が、短時間労働の国に負けた。「短く働き、休みもたっぷり取る国が、長く働き、休みもあまりとらない国を追い抜いたのはなぜだろう」と首を傾げた人もいるのではないか。「我々の働き方は、正しいのだろうか」と思った人もいるかもしれない。

我々は子どもの時から、「一生懸命まじめに働けば、いつかは成果が出て給料も高くなり、会社や国も栄える」と信じてきた。しかし「失われた30年」を経験した日本の現実は、必ずしもそうはならなかった。我々日本人は、GDP順位逆転をきっかけに、働き方について考え直す必要があるのではないか? この問いに対する答えを見つけるために、まず我々を抜いたライバル国ドイツの働き方をじっくり見てみよう。

『のんびり稼ぐ ドイツ人の幸せな働き方』より引用
熊谷徹
1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。
著書に『ドイツ人はなぜ、年収アップと環境対策を両立できるのか』『ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか』『ドイツ人はなぜ、年290万円でも生活が「豊か」なのか』(以上、青春出版社)、『日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ』(洋泉社)など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム基金賞奨励賞受賞。

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『のんびり稼ぐ ドイツ人の幸せな働き方』
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