本記事は、白井旬氏の著書『人的資本経営×ESG思考』(合同フォレスト)の中から一部を抜粋・編集しています。

「失敗やトラブル」の振り返りには“タイムマシン”が効果的
フィードバックとは、「資本(糧)を与える」ことです。普段から「具体性」「ポジティブ視点」「自己認識」「未来志向」を意識することが重要だとわかっていても、「失敗」や「トラブル」の振り返りでは、つい「ダメ出し」や「注意・叱責」に偏ってしまいがちです。
さらには、「俺たちの時代は…」といった武勇伝が出てくることも。これでは、前向きな振り返りが難しくなります。
そんな時に使える効果的なフレーズが、「タイムマシンを使えるとしたら、どのタイミングまで戻る?」です。お笑いコンビ「ぺこぱ」の松陰寺さんが「時を戻そう!」と言うのに似た感覚です。
失敗やトラブルには、必ず何かしらの予兆や原因となる瞬間があるものです(もちろん、予期しないケースもありますが)。例えば、「お客様から3日連続で確認依頼があった」とか、「再チェックすべきだと思ったけど、忙しくて忘れてしまった」などです。
部下もその予兆や原因を把握・認識していることが多いので、「どのタイミングまで戻る?」と聞けば、自然と答えが返ってくる確率が高まるでしょう。
そこで少し間を置いて、「その瞬間が再び訪れたら、どんな対策ができる?」と続けて質問します。これにより、相手自身が次の対策を考え始めるきっかけをつくり、ポジティブに振り返ることができます。
この「タイムマシン」のアプローチで一度過去に立ち戻り、そのシーンを再現しながら未来に向けた問いかけをすることで、「失敗」や「トラブル」を次の「成長の糧」に変えること、つまり「経験の資本化」ができるようになるのです。
ただ指摘するのではなく、相手に振り返りと改善策を考えさせることで、その経験が「人的資本」「社会関係資本」「心理的資本」へと変わり、次の行動につながります。
これこそが、「ダメ出しフィードバック」から「経験資本化フィードバック」への大きな転換であり、「経験を資本(糧)に変える」大切な一歩なのです。
大人の成長は見えにくい?“成長”は最大のエンターテインメント
赤ちゃんや子どもの成長は、「ハイハイからつかまり立ち」「逆上がりの成功」など、自身も周囲も分かりやすいものです。しかし、大人になると劇的な成長の機会は少なくなり、自分でもその実感を得にくくなります。新入社員時や部署異動など、新しい経験を積む時期には「成長」を感じやすいものの、仕事に慣れるにつれてその感覚は薄れてしまいます。
以前述べた「人材滞留企業」や「人材流出企業」では、従業員が仕事での成長を感じられず、「働きがい」を失うケースが多いのが現状です。特に若手エースの突然の退職(“びっくり退職”)の背景には、「この会社では成長できず、将来が不安」といった声が聞こえてきます。
「成長」が企業経営に重要な理由
慶應・高橋教授によると、従業員の「働きがい」に関わる3つの要素は次の通りです。
(1)成長実感:今、自分が成長していると感じること。
(2)成長予感:3年後の自分の成長がイメージでき、キャリアステップが明確であること。目標とする上司や先輩の存在も重要となります。
(3)仕事への誇りや会社への愛着:会社を家族や友人に自信をもって勧められること。
この3つのうち、2つは直接「成長」に関わるものです。また、「仕事への誇りや愛着」も、個人と組織の成長に大きく影響されています。これらの要素を充実させるためにも、企業は従業員が「成長」を実感できる環境や仕組みを整えることが重要です。
成長は“最大のエンターテインメント”
ゲームの楽しさのカギが「背伸びの成長」にあるように、映画の世界でも「成長」はエンターテインメントの重要な要素です。映画「ロッキー」「スターウォーズ」「ハリーポッター」をはじめとした、多くの作品が主人公の成長を描いています。視聴者は、主人公が少しずつ成長していく姿に共感し、その物語を楽しむのです。
企業での成長も、こうしたエンターテインメントに似ています。挑戦を乗り越えるたびに得られる「成長実感」が、働く人のやりがいや喜びにつながるのです。しかし、なぜ成長を感じると楽しく、充実感を得られるのでしょうか?
成長と体内物質(ホルモンと神経伝達物質)の関係性
その一因として、体内物質(ホルモンと神経伝達物質)との関係が挙げられます。
達成感や爽快感、自己成長、さらに連帯感や絆などを感じた時には、脳内でいくつかの物質が分泌され、私たちの気持ちに影響を与えます。次の4つが代表的な例です。
(1)ドーパミン:「報酬」や「やる気」に関わる神経伝達物質で、目標を達成したり、成長を感じた時に放出されます。仕事で成功したり、スキルが向上するなど、「達成感」を覚える時にこの物質が分泌され、さらなる意欲を引き出します。
(2)エンドルフィン:「幸福感」をもたらすホルモンで、ストレスや痛みを和らげる効果があります。特に運動や成功体験を通じて放出され、喜びや心地よさ、リラックス感をもたらします。運動後の爽快感や心の開放感は、エンドルフィンの働きによるものです。
(3)オキシトシン:「絆」や「信頼」に関わるホルモンで、他人とのポジティブなつながりや協力、チームとしての成長の中で分泌されます。特に仕事でチームの連帯感を感じたり、仲間と目標を達成したりした時に放出され、幸福感や安心感を高めます。
(4)セロトニン:感情の安定や満足感に寄与する神経伝達物質です。達成感を得た後の「落ち着き」や「充足感」をもたらす働きを持っています。日光を浴びたり、適度な運動をしたり、リラックスできる散歩をすることが分泌を促し、心と体の調和を保つ役割を果たします。
このように、セロトニンは「安定した幸福感」を支える鍵となる物質です。
ここでも重要なのが、「経験の資本化」と「成長は最大のエンターテインメント」の両輪を組織で回すための“フィードバック”です。
効果的なフィードバックを通じて経験を振り返り、“見えにくい大人の成長”を「可視化・言語化・資本化」するプロセスが、個人の成長とモチベーション、組織の連帯(エンゲージメント)と推進力を高めていくのです。
