本記事は、白井旬氏の著書『人的資本経営×ESG思考』(合同フォレスト)の中から一部を抜粋・編集しています。

人的資本開示は、効果的な「自己紹介」や「著者プロフール」と同じように書く
人的資本開示は、単なる情報公開ではなく、「経営戦略を積極的に補完し、未来を見据えるための効果的なツール」であるべきです。しかし、現状では多くの企業が数字やデータの羅列に終始しています。重要なのは、人的資本開示を「自己紹介」や「著者プロフィール」のように、ストーリー性をもって書くことです。
効果的なプロフィールは背景やビジョン、未来への展望を含み、読み手に共感と信頼を与えます。人的資本開示も同様に、企業が「どんな人材を育て、何を目指すのか」を伝えることが必要です。
人的資本開示が求められる背景
人的資本開示への注目は、時代の変化と経済構造の転換にあります。かつては金融資産や有形資産(建造物・設備・製品など)が重視され、経営でも人件費や研修費の削減が重要視されてきました。しかし、社会の成熟に伴い、企業には独自性や先進的なアイデアが求められ、それを生み出す原動力が人的資本とされています。
ところが、財務三表には人的資本の具体的な内容が明示されておらず、人的資本への投資は単なる費用として扱われています。これでは、企業が人材育成にどのような目的や戦略で取り組んでいるかを把握するのは困難です。
そのため、機関投資家や社会は、企業の人的資本の現状や未来戦略を示す「人的資本報告書」や「統合報告書」の開示を求めています。人的資本開示は、企業の成長戦略と社会的価値を示す重要な手段なのです。
効果的な「自己紹介」「著者プロフィール」と人的資本開示では、効果的な「自己紹介」や「著者プロフィール」と同じように、人的資本開示を行うためにはどうすればよいのでしょうか? そのポイントは、効果的な自己紹介が「未来→過去→現在→未来」の流れで構成されていることです。次の3つの要素が重要になります。
- 共感を呼ぶ理想の未来とそれを実現する組織像(未来)
- 安心感を与えるこれまでの実績と未来を描ける理由(過去・現在)
- 希望を感じさせる具体的な手段(未来へのステップ)
例えば、読者の皆さまも、私のプロフィールを見て「この実績なら安心感があるな!」や「多角的な経験があるから、人的資本経営とESGとがリンクしている」と感じてくださったのではないでしょうか?
一方で、もし私が同じプロフィールで「近代アメリカのファッションが日本に与えた影響」といった本を出していたら、「なんだか違和感が…」と手に取る気持ちにはならなかったことでしょう。
この効果的な自己紹介や著者プロフィールの構図は、人的資本開示が持つべき構造と同じです。すなわち、「理想とする組織や人材の姿(例えば2040年)」→「現状と理想に対するギャップ」→「理想に近づくための施策」という一連の流れが重要となります。
⚫「理想の人材像・組織の姿」(未来)
企業が掲げる経営理念やビジネスモデルを実現するために必要な人材と組織の姿を描きます。ここでは、企業が目指す未来のビジョンを示し、それに向かって進む姿勢を明確に伝えます。
⚫「現状と理想に対するギャップ」(過去・現在)
会社のこれまでの実績や、そこで培われたノウハウを記します。そのうえで、さらなる理想と現在とのギャップを具体的に可視化し、現時点での企業の課題を明らかにします。
⚫「理想に近づくための施策」(未来)
理想の姿に近づくために、企業が具体的に講じる手段を示します。例えば、「従業員のスキルアップ研修の導入」、「エンゲージメント向上のための定期的なコミュニケーション施策」「外部人材を活用するための他社連携」などです。さらに、施策の進捗をモニタリングし、柔軟に見直す計画を含めることで、未来への道筋をより明確に描けます。
効果的な自己紹介や著者プロフィールが読者に共感と安心感を与え、希望を感じさせるのと同様に、人的資本開示も企業のビジョンと現状、そして未来への戦略をしっかりと伝えることで、読み手に共感と信頼を築くことができます。
「価値向上」と「リスクマネジメント」の観点から開示項目を評価する
人的資本開示では、「価値向上」と「リスクマネジメント」の両観点から評価することが重要です。
内閣官房-非財務情報可視化研究会の『人的資本可視化方針』(図表5-2)によると、リーダーシップ育成は「価値向上」(100に近い)に、賃金の公平性は「リスクマネジメント」(おおよそ、価値向上15:リスクマネジメント85)に効果的とされています。ダイバーシティ推進は、双方に有効な要素(おおよそ60:40)です。

同研究会は、人的資本開示は、「企業の価値向上を示して投資家から評価を得る」ことと、「リスクアセスメントに応え、ネガティブ評価を避ける」ことの両側面を含むとしています。こうした視点で自社の歴史と未来を描くことが、開示の効果を最大化するカギとなります。
人的資本開示は、単なるデータの羅列ではなく、ビジョン、現状、未来戦略を伝えるストーリーです。自己紹介や著者プロフィールと同様に、「理想の姿」「理想と現実とのギャップ」「未来への施策」を示すことで、投資家や社会から共感と信頼を得られます。
価値向上とリスクマネジメントの視点から評価することで、企業の持続的成長と社会的価値の創造につながっていくのです。
企業は、自社のヒストリー(過去~現在)とストーリー(現在~未来)を具体的に描き、人的資本開示を経営戦略の中核に据えることが求められます。
