本記事は、白井旬氏の著書『人的資本経営×ESG思考』(合同フォレスト)の中から一部を抜粋・編集しています。

「経験を糧に…」って、本当にできている? ヒントはゲームの世界に
「経験の資本化」を中心に、個人や組織の成長を加速させる方法について説明していききます。
この「経験の資本化」とは、日々のライフ&キャリアから得ているはずの「経験」を見過ごすのではなく、しっかりと“振り返る”ことで「可視化→言語化→資本化」するためのフレームワークです。
特に、図表4-1の「ロミンガーの法則」が示すように、リーダーシップの70%は日々の業務から得られる「経験」によって成長するとされていますが、その経験を効果的に活かすには振り返りとフィードバックが不可欠です。単に経験を積むだけではなく、それを「資本化」し、個人と組織の両面における“成長の糧”として活用する必要があります。

「ロミンガーの法則」と経験の活かし方
ロミンガーの法則では、リーダーとしての成長に必要な要素の70%が「日々の業務から得た経験」に基づいているとされています。残りの20%が「フィードバックや他者からの指導」によるもの、10%が「研修や学習」によるものです。
このデータは、業務の中で得た「経験」がリーダーや従業員の成長において極めて重要な役割を果たしていることを示しています。
それと同時に、ただ「経験を積む」だけでは成長に直結しないという課題も浮き彫りにしています。
つまり、「経験を資本化」するためには、その価値をしっかりと「振り返り」そして「フィードバック(社会関係資本)」を通じて、個々人や組織全体の成長につなげていくことが不可欠なのです。
ゲームから学ぶ「経験の資本化」メソッド
経験の資本化を理解するうえで、ゲームの世界から得られるヒントは非常に有用です。例えば、「ドラクエ」や「パワプロ」「信長の野望」といったゲームでは、プレイヤーが行った行動のほとんどが「経験値」として蓄積され、それがキャラクターの様々な能力や国力のパラメータ、そして、チーム全体の成長に反映されます。
このように、ゲームの中ではすべての経験が資本化され、成長を実感できる仕組みが整っています。しかし、日常生活では「経験は自動的に資本化されない」のです。この考え方をビジネスの現場に応用し、業務で得た経験をただの出来事として終わらせずに振り返り、可視化・言語化・資本化することで、個人や組織の成長に直結させることができます。
経験を「3つの視点」で資本化する
経験を資本化するためには、「人的資本」「社会関係資本」「心理的資本」の3つの視点から振り返ることが有効です。このアプローチにより、経験を多面的に捉え、その価値を最大限に引き出すことが可能になります。
1. 人的資本(Human Capital):何を知っていて、何ができるか?
個人の能力やスキルなどを指します。教育や訓練そして日々の仕事を通じて高められます。
そのほかにも、知識やノウハウ、アイデア、情報などが含まれます。「どのような能力・スキルが強化されましたか?」といった問いかけが有効です。関連ワードとして、能力、知識、技術、コツ、持ち味、ノウハウ、アイデア、情報などがあります。
2. 社会関係資本(Social Capital):誰を知り、誰とつながっているか?
職場の信頼関係や社内外の協力体制などを指します。組織の生産性向上に欠かせない要素で、人間関係、上司と部下の信頼、相互支援の組織風土などが含まれます。
問いかけとして、「どのような関係性・信頼が強化されましたか?」などが有効です。関連ワードとして、職場や取引先での人間関係、上司と部下の信頼、社内外のネットワーク、相互支援、感謝の企業文化、家族や友人などがあります。
3. 心理的資本(Psychological Capital):前向きな心をどう保つか?
自信や希望を持って仕事に取り組む精神状態を指します。ストレスマネジメントや前向きな姿勢でパフォーマンスを高めるもので、自信、希望、体調、自己効力感、愛着や貢献意欲などが含まれます。「自信を得たり、体調や気分が良いと感じたことは何ですか?」などの問いかけがあります。関連ワードとして、自信、希望、健康、調子(体調含む)、気分、自己効力感、レジリエンス(逆境に対する耐性)、愛着や貢献などがあります。
実際の導入事例:季節の成長実感3×3シート
では、どのようにすれば「経験」を「可視化→言語化」そして「資本化」までもっていけるのでしょうか? 理想では、日々の「振り返り」で行うのがベストですが、多くの企業では、社員が1 on 1ミーティング前に「季節の成長実感3×3シート」(図表4-2)を活用し、過去3カ月の経験を振り返ります。

このシートを使うことで、経験が3つの資本(人的資本、社会関係資本、心理的資本)のどれにつながっているかが明確になり、上司と部下の対話が具体的かつ効果的になります。
導入した企業では、社員が振り返りを前向きに捉え、安心して対話ができるようになったとの声が寄せられています。さらに、管理職側でも「部下を資本として客観的に捉えることで、感情的にならずに支援できるようになった」という喜びの声が寄せられています。
このように、経験をしっかり振り返り、可視化・言語化・資本化することは、“個人の活躍”と“事業の発展”、そして“組織の成長”において極めて重要です。
「ドラクエ」「パワプロ」「信長の野望」が教える「楽しさ」の理由
これまで述べてきた「個人の活躍=能力×状態」や「事業の発展=人的資本×社会関係資本×心理的資本」の方程式は、先にご紹介したような人気ゲームにも当てはまります。ゲームの本質的な楽しさは、これらの資本を活用し、成長を実感するプロセスにあります。
例えば、「パワプロ(パワフルプロ野球)」では、試合やトレーニングで得た経験値で選手の走力や打力などが強化されます。しかし、選手の調子(心理的資本)が悪いと、能力が高くてもパフォーマンスに影響がでます。また、監督と選手間の信頼(社会関係資本)が弱いと、監督のサイン(指示)通りに、選手が動いてくれないこともあります。
「信長の野望」では、限られた土地であっても、技術開発(人的資本)によって国力を強化できます。ほかの大名との同盟や協力関係、民の忠誠度も「社会関係資本」に該当します。
戦闘時、兵士の士気(心理的資本)が低いと、戦意が失われ、戦闘力が下がります。
「ドラクエ(ドラゴンクエスト)」では、冒険で得た経験値でキャラクターをレベルアップ(人的資本)。仲間との協力、町や村での会話から有益な情報を得る(社会関係資本)などがあります。
ゲームの世界も、まさしく「人的資本×社会関係資本×心理的資本」で構成されています。
「背伸びの成長」が生む、楽しさと企業への応用
ゲームの楽しさのカギは、「背伸びの経験」(少し頑張れば手が届くレベル)にあります。プレイヤーは、現時点の能力ではクリアが難しい課題に挑み、工夫し、成長を実感します。
企業でも、上司が部下の能力や状態を観察し、少し難しい仕事を任せたり、新たな役割に挑戦させたりすることで、「人的資本」を高めることができます。また、チームでの協力や適切なフォローで「社会関係資本」や「心理的資本」も強化されます。
この取り組みにより、部下はただの作業ではなく「成長している」という実感を持てます。
上司からの“フィードバック”がさらなる意欲を引き出し、組織全体の活力を高めます。
スタッフ個々人の経験を意識的に「可視化・言語化」することで「資本化」が可能になります。個人における「経験の資本化」を、組織全体で行うことで、渋沢栄一が提唱する「合本主義」にもなります。
ビジネスでもゲームの世界と同じように「楽しさ」と「成長・成果」は両立可能なのです。

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