この記事は2025年4月4日に「第一生命経済研究所」で公開された「トランプ相互関税の日本経済への影響」を一部編集し、転載したものです。

トランプ関税の日本経済への波及経路
トランプ関税が世界経済を揺るがしている。日本経済への影響、という目線で考えると、トランプ大統領が掲げた一連の関税措置は単に日本の輸出を下押しするだけでなく、短期・中長期の目線で経済・金融市場に多面的な影響を及ぼすことになりそうだ。トランプ氏は関税率などについて交渉余地を残す発言を行っているが、一連の関税措置は単なる交渉のカードではなく、世界の貿易・経済体制の再構築を企図したものであることが浮き彫りになっている。影響は長引きそうだ。
短期の目線
(1)日本の対米輸出への影響
関税措置による直接的な経路である。自動車への追加関税と今回の相互関税によって、対米輸出の実効関税率は20%ptほど上がることになりそうだ。この場合、日本側にとっては対米輸出21.3兆円(2024年)に対して4~5兆円程度の負担増が生じることになる。この負担増はアメリカ消費者への価格転嫁や日本企業側のコスト削減によって賄われることになる。いずれにせよ日本の対米輸出環境は大きく悪化することになり、日本の輸出減少圧力として顕在化してくる可能性が高いだろう。
(2)設備投資への影響
世界経済の悪化懸念に加えて、トランプ氏の政策不透明感の強まりが足かせになる。今後予想される製造業利益の悪化も、余裕資金の減少を通じて設備投資の下押し圧力となる。アメリカは世界最大の需要先であり、輸出先を抜本的に切り替えるという判断も簡単ではない。トランプ氏のスタンス自体が変わる、トランプ氏任期後に状況が変わる、という可能性も考えられるが、その不確かさ故に企業の設備投資判断も慎重化せざるを得ないだろう。米国内での生産拡大を目指す企業も増えると見込まれるが、それは日本国内の設備投資のマイナス要素である。
(3)個人消費への影響
金融市場を通じた逆資産効果、消費者マインドへの影響が懸念される。特に、2024年以降の新NISA開始以降、若年層中心にリスク資産の保有者は増加している。株安と円高のダブルパンチとなっている家計も少なくないだろう。日本は従来から家計金融資産の現預金への偏りが課題視されてきたが、一方でそれは景気悪化時のバッファーにもなっていた。本格的な下落局面となれば、家計への影響は従来よりも大きくなる可能性がある。
(4)金融政策への影響
日銀の利上げはしばらく見送られるだろう。今回の関税はインパクト自体が大きい点に加え、世界経済に与える影響が多岐にわたり、どういった形で影響が出るのか見定めにくいという意味での不確実性も大きい。その見極めに時間を掛けざるを得ないだろう。
世界経済の悪化が大きくなれば、利上げ継続は難しくなる。足元の政策金利0.50%が今回利上げ局面のターミナルレートとなる可能性も視野に入れておく必要が出てきている。一方で、関税によってアメリカのインフレ率が高まることになれば、米利上げを通じて日米金利差を通じた円安圧力が強まる可能性も考えられる。その点も含めて日銀は影響を見極めていくことになるだろう。
(5)財政政策への影響
補正予算も含めた経済対策の実施が想定される。すでに、経済産業省は対策本部の設置、輸出産業に向けた資金繰り支援などを実施することを決めている。
特に影響の大きい自動車産業などでは生産調整の必要性も高まると考えられ、製造業従事者の雇用の保護や支援も論点となってくるだろう。世界経済悪化懸念に伴う円高・資源安の裏返しということにはなるが、これまで経済対策の中心だったコストプッシュ型の物価高は幾らか和らいでいくことになるかもしれない。
(6)日本が対抗措置に踏み切った場合の影響
各国は今回の相互関税措置に対して、対抗措置を打ち出している。日本が対抗措置を打ち出すかは不透明だが、対米関税を引き上げる措置を打ち出す場合には、日本側の調達コストが増すことになる。日本の対米輸入の上位品目は、ボイラーなどの産業用機械やLNG、航空機・航空部品、医薬品・医療機器、農産物など。特に医薬品などは規制の影響なども加わり、すぐに他地域からの輸入へ代替することが難しいと考えられる。薬価の上昇などにつながる可能性も想定される。
中長期の目線
(1)対米輸出依存度の低下
近年は地政学リスクの高まりの中で、日本企業は中国を念頭に生産拠点の脱中国化を進める対中デリスキングの流れがあった。次は、輸出先をアメリカから転換していく動きも徐々に出てこよう。米国市場の重要性は変わらないものの、対米輸出依存度を下げ、地域分散によるリスク低減を図る企業が増加するだろう。特にASEANやインドなど成長市場への展開を模索する動きが予想される。
(2)サプライチェーンの見直し
企業も世界最大のGDPを持つアメリカを放棄することはできない。今回の関税措置はアメリカでの生産拠点拡大を企図して行われている。これに沿う形でアメリカ生産拠点の拡大も進んでいくだろう。特に自動車産業では現地生産比率をさらに高める動きが進むと予想される。また、日本企業はメキシコなど米国外に生産拠点を設け、そこからアメリカへ輸出している企業も多い。メキシコなど他国への関税措置は、他国から対米輸出を前提としたサプライチェーンの見直しを促すだろう。
日本も経済安全保障の観点で半導体などの国内生産拠点を拡充する動きが生じていた。アメリカが保護主義的措置を強める中で、自国への重要産業誘致競争は激化していくことになろう。
(3)中長期的なインフレ率への影響
日本の中長期のインフレ率への示唆は上下双方向にあると考えられる。先んじて、アメリカによる強烈な関税措置が敷かれてきた国が中国だ。中国経済が足元でデフレ圧力の強まりに悩まされている理由の一つは、米中対立によって製造業が需要先を失い、需給がダブつくようになったことにあると考えられる。関税措置によって最大の輸出先であるアメリカへの輸出が滞れば、ディスインフレ方向の圧力が増すだろう。
一方で、相互関税に伴って世界経済のサプライチェーンの再編が進んでいくことを想定すると、その過程での混乱も予想される。足元でも、サプライチェーン混乱の影響で食料品やエネルギーなどの価格が高騰する局面は増えている。世界経済の秩序が変化し、地政学リスクの影響に攪乱されやすくなると、こうした局面はさらに増えるかもしれない。日本の食料・エネルギーの調達コスト上昇につながる恐れがある。