
この記事は2025年8月7日に「テレ東BIZ」で公開された「ライバルの逆を行く! 新時代の“八百屋さん”」を一部編集し、転載したものです。
目次
キノコ20商品超えに鮮魚も~安さ&品ぞろえで客ワクワク
60年の歴史を持つ大阪の野田新橋筋商店街で、ひときわ多くの客を集める青果店・八百鮮(やおせん)。40坪ほどの狭い売り場に多い日には2,000人が買いに来る。
理由はその安さ。旬のオクラが108円(価格は取材時。以下同様)。この時期、150円前後が相場の長野産のレタスは約3分の1に。葉付きカブは1個54円だが、3個で約100円になる。
他では6,000円を下らない静岡産クラウンメロンが2,700円。人気の宮崎産マンゴーも相場は2,000円を超えるが、1,079円だ。
鮮魚売り場では高級魚の北海道産キンキが2,160円で、北海道産のクリガニは1杯216円。鹿児島産コバンザメ(2,400円)は刺身がおいしいという。
▼40坪ほどの狭い売り場に多い日には2,000人が買いに来る、理由はその安さ

八百鮮最大の強みはスーパーを圧倒する品ぞろえ。取材に行った日はナスが6商品。大阪名産の水ナスや、京都の賀茂ナス、果肉の柔らかい白ナスまである。
▼八百鮮最大の強みはスーパーを圧倒する品ぞろえ

キノコは23商品。「白あわびたけ」(172円)はバターソテーにするとおいしいという。人気のトマトは9商品あり、「王糖姫(おとひめ)」(117円/100g)は「お菓子みたいに甘い」そうだ。
「ちょっと変わった商品が置いてある。定番商品は大事ですが、それだけだとお客様はワクワクしない」と語るのは社長・市原敬久(42)だ。
客をワクワクさせる店作りで開店前から行列ができる。売り場一坪あたりの年間売り上げは、スーパーの平均が約400万円(2024年スーパーマーケット年次統計調査より)なのに対し、八百鮮は約1,400万円にのぼる。
2025年8月現在、大阪・神戸・名古屋に10店舗を展開しており、売り上げも右肩上がりで、2024年度は80億円を超えた。
常識破りの仕入れに密着~冬が旬の野菜を夏に売る
八百鮮のワザ1~「逆張り仕入れ」で3億円を売る!?
午前5時、大阪市中央卸売市場。仕入れのピークは夜中の2時ごろだが、八百鮮のトラックが到着したのはその3時間後だった。入社5年目の神戸・魚崎南店店長・森重仁章(34)がやって来た。他よりあえて遅く来るのは「逆張り仕入れ」の八百鮮の戦略だった。
この日の森重の本命はハクサイ。冬が旬のハクサイは夏場の市場では人気薄だ。
▼「逆張り仕入れ」この日の本命はハクサイ

だから、他のバイヤーが帰った遅い時間なら、売れ残りを出したくない仲買人が、値引きに応じてくれるのだ。
「鍋物とかは暑くなってくるとあまりやらない。やはりハクサイやダイコンは冬の商材。それをあえて……」(仲買人)
あえて仕入れた夏のハクサイをどう売るのか。店舗に戻った森重は「ハクサイカレー」を売り込んだ。
実はハクサイはカレーとも相性がいい。煮込めば水分が出て、水なしでトロトロ食感と甘みが楽しめると食べ方まで提案したのだ。市場で安く仕入れたから2分の1カットで108円だ。
午後2時にハクサイは完売。このやり方で森重は年間3億円を売り上げている。
「普通のスーパーだと、(本部に)バイヤーという人がいて、何を仕入れていくらで売るかというのを決めて店舗に振り分けていますが、(八百鮮は)お客様と接して情報を持っている社員が直接仕入れているからこそ、市場に行ってその日にお客様が喜ぶ商品を買い付ける」(市原)
神戸・湊川店の入社6年目・服部江里(31)も仕入れの達人だ。
まず目を付けたのは高級ブドウの「シャインマスカット」。あえて粒や形がふぞろいなものを選んで仕入れた。贈答用の半額以下だが、味は一級品だ。
1玉11キロのブランドスイカもいつもより安値でゲットした。「雨やけど、こんなじとじとした日はやっぱりスイカかな」と言う。
雨の日は傘をさすから重いスイカを敬遠する客が多いが、服部はそれを逆張り。持ち帰りやすいようカットし、安く仕入れた分、売値も安くした。
狙い通り、おいしいスイカが安く買えると、次々と客の手が伸びた。
▼おいしいスイカが安く買えると次々と客の手が伸びた

プロの料理人も太鼓判~「定番じゃない野菜」で新料理
八百鮮のワザ2~プロの要望にとことん応える
八百鮮では、店頭にない野菜も、頼めば個別に仕入れてくれる。例えば大葉の新芽、「芽ジソ」。客は「普通のスーパーでは見ない」と言う。
野菜を大量に買い込んだ常連客は、大阪市の飲食店「クロダルマ」の店員だった。八百鮮の目利きは、プロの料理人からも信頼されている。
芽ジソは爽やかさを生かして料理にトッピング。旬の水ナスは生がおいしいと勧められ、サラダ仕立ての「水茄子とプラムの中華風冷しゃぶサラダ」(600円)にした。
▼「水茄子とプラムの中華風冷しゃぶサラダ」八百鮮のアドバイスで新たなメニューが加わる

八百鮮のアドバイスで、店に新たなメニューが加わった。
「小さい市場が商店街にある感じ。八百鮮から『こんなのありますよ』と提案してもらって見たことがない野菜を扱える。ありがたいです」(「クロダルマ」シェフ・朝倉龍也さん)
仕入れ方も売り方も社員が自ら考える八百鮮。平均年齢は32歳と若い。
「『変な会社やな』と思いました。圧倒的に個性的でした」(入社2年目の金光里奈/28)
「時代に逆行している面白さにひかれて入りました」(入社5年目の辻丸瑛稀/27)
「八百鮮は特殊だと思いますが、面白い会社だなと思って応募しました」(前出・服部)
「『魅力的な業界だ』『働いてみたい』と思う社員がたくさんいることで、お客様も『この店で買いたい』とファンになって、大きな渦になっていくのではないかと思います」(市原)
かまぼこが1本も売れない…~初の挫折から人気店誕生へ

2025年8月現在、関西を中心に10店舗を展開する八百鮮。新たな出店地を探して、福岡の商店街に市原の姿があった。市原は商店街にはまだ可能性があると考えている。
「人情味や温かさを商店街の方がつくれると思います。お客様との距離感の近さとかがある」(市原)
「八百鮮は商店街で昔のやり方で商売している。すごいなと思いますし、魅力は感じます」(サザエさん商店街通り連合会・川崎慎吾会長)
市原は1982年、岐阜県生まれ。町工場を営む父に憧れ、自分も社長になりたいと、大学は経営学部に進んだ。ゼミで学んだのは障がい者が働く事業所の経営。福祉と経営を考えるイベントを開催するなど、のめり込んだ。
卒業後は人材派遣会社で営業マンをしながら、将来の起業に向けた準備も進めていた。
そんな市原に、父・実さんが「会社を立ち上げる前に商売の勉強をしてみてはどうか」と提案。当時、名古屋を中心に9店舗を展開していた「タチヤ」という生鮮スーパーに勤めることになった。
「営業マンをやっていて、わりと成績も良かったですし、100円、200円の商品を売るのは『いけるかな』と思った」(市原)
2007年、「タチヤ」へ転職した市原。最初に任されたのは、かまぼこ売り場だった。「簡単に売れる」と思った市原だったが、かまぼこは全く売れなかった。
「パートさんにも、『あんた、こんなこともできないの?』みたいなこと言われて、衝撃的で悔しくて泣きました」(市原)
そしてパートに代わると、かまぼこはみるみる売れていったのだ。
「(パート従業員は)すごく上手に接客していくんですけど、僕がやると全然で売り上げが半分ぐらいしかたたない。『これは何なんだろう』みたいな。商品を手売りしていくのがこんなに難しいんだと、初の挫折でした」(市原)
悩む市原にヒントをくれたのが「タチヤ」の会長・森克幸さん。当時社長だった森さんは市原に「我々がやっているのはビジネスではなく商売だから」と言ったという。
「『売るだけでは誰も幸せにできない』と言われた。とにかくお客様と向き合って『これ、おいしいですよ』と言って売っていく。それを徹底的にさせてもらっていた」(市原)
森さんのもとで商売を学んだ市原は2010年、大阪で念願の独立を果たす。それが客と直接向き合って商売ができる青果店「八百屋マン マーケット」。翌年には「八百鮮」を立ち上げた。
▼とことんお客に向き合うやり方は今も変わらず続いている

とことんお客に向き合うやり方は、今も変わらず続いている。一店舗に配置する店員は一般のスーパーより多い30人ほど。きめ細かい接客をするためだ。通常バックヤードで行う作業も、客が店員に声をかけやすいように、あえて見えるところでする。
売り方にも一工夫ある。例えばカレーの定番「ジャガイモ・ニンジン・タマネギ」は、組み合わせを自由に選んで5個216円に。季節外れの野菜も食べ方を提案。「暑い夏に冷えた煮物はどうですか」と言うと、どんどん売れていく。
客のために物を仕入れて売る。それこそが市原が目指す商売の形なのだ。
「食べ物もクリックひとつで買えてしまう時代に、僕らみたいに有機的に人と人が結びついて商売をしているっていう姿は、実はすごく希少性が出てくる。それを八百鮮が一番先頭に立って、日本一を目指してやっていきたいと思います」(市原)
▼客のために物を仕入れて売る、それこそが市原さんが目指す商売の形なのだ

日曜は休み&高年収~若い世代と起こす「小売革命」
八百鮮にはいま、就職を希望する若者が続々と集まってくる。
全国に641店舗を展開するホームセンターの「コーナン」。業界トップクラスの品ぞろえを誇る名古屋市の名古屋北店の一角に2023年、八百鮮がオープンした。八百鮮の集客力に目を付けたコーナン側が出店を依頼したのだ。
この店は工場で働く外国人客も多いとあって、置いてあるバナナも料理用だ。
「圧倒的にお店がにぎやかになった。お客様の数が目に見えて増えました」(「コーナン」名古屋北店・岡昌雄さん)
八百鮮は働き方も他とは違う。全店が夕方6時に閉店。さらに食品の小売りでは珍しく、日曜日を定休日にしている。
社員の平均年収は550万円。店長クラスになると900万円を超える。
若い社員たちに市原が商売の魅力を熱く語りかける。
「自分たちが本当に『おいしい』『売りたい』と思った商品を安く提供する。自分たちの信じたものを売って『ありがとう』と言ってもらえる仕事はなかなかないです」(市原)
若い世代に注目してもらうため、採用活動では、YouTubeの「八百鮮チャンネル」で社員の仕事ぶりを紹介している。
「前は人材関係の会社で営業をやっていたんですけど、未経験でも応援してくれるような会社なので入社を決めました」(入社1年目)
「若い人が活躍できる会社というイメージにしたいので、どんどん盛り上げていきたい」(入社6年目)
こうした取り組みで年間500人以上が応募してくる人気企業となった。
※価格は放送時の金額です。
~村上龍の編集後記~

大学で「福祉革命部」というところに所属し、福祉と経営を考える催しを演出した。障がい者雇用に関することがメインだった。「経営は金儲けが目的ではなく、誰かを幸せにすることだ」と学んだ。
そして、八百屋をはじめる。商売の原点だと思った。チラシ広告費ゼロ、在庫を持たない、そういう形の店にしていった。簡単ではない。しかし、正しかった。無限の鮮度を集める店に、という思いから店名を考えた。右肩上がりの成長を続けている。かっこいい人だった。顔も佇まいもかっこよかった。