この記事は2025年8月29日に配信されたメールマガジン「アンダースロー:設備投資サイクルが日本経済の命運を握る」を一部編集し、転載したものです。

アンダースロー
(画像=years/stock.adobe.com)
  • トランプ関税の日米合意によって、日本の企業は米国への投資拡大が要求されている。弱い内需で国内投資が鈍化し、海外投資の拡大にシフトすれば、企業の国内支出不足による構造的デフレ圧力が再燃しかねない。人口減少と少子高齢化で経済規模は拡大しないという誤認が解け、人手不足による生産性向上のデジタル投資も拡大してきている。実質設備投資のGDPに占める割合で示す設備投資サイクルは大きく上向き、2025年4-6月期には+16.8%まで改善してきた。
  • バブル崩壊後になかなか打ち破れずにいた17%の固い天井を、設備投資サイクルが打ち破れれば、デフレ構造不況を完全に脱却できるとみられる。企業の国内支出不足として構造的デフレ圧力となってきたプラスの異常な企業の貯蓄率も、正常なマイナスに戻れる。内需の弱さを背景に、また17%ではじき返されれば、元の木阿弥となる。設備投資サイクルが、日本経済の命運を握っている。
  • バブル崩壊後、設備投資サイクルはなかなかこの17%の天井を打ち破れずにいたのは、企業の経済・ビジネスの成長の予見可能性がほとんどなかったからだ。少し景気が良くなると、政府・日銀が緊縮政策で潰してしまう悪弊もあった。資本と労働の代替性を強くし、設備投資サイクルを押し上げるには、名目GDPが持続的に拡大するとの企業の予見可能性を高めなければならない。その予見可能性を高めるためには、政策当局が緩和的なポリシーミックスを続け、内需を強く拡大するコミットメントが必要になる。

7月の鉱工業生産指数は前月比-1.6%と、6月の同+2.1%から反動減となった。トランプ関税前の駆け込み生産・輸出からの反動が出だした。7月の自動車工業の生産は同-6.7%となった。7月の実質輸出も同-4.3%と、6月の+3.3%から反動減となっている。特に7月の米国向けが同-6.1%と弱い。7月の中間財・自動車関連・資本財の実質輸出は同-5.0%・-8.6%・-5.1%と、反動減の主体となっている。一方、7月の情報関連の実質輸出は同+1.8%と、2か月連続の増加となっている。AIを中心に情報関連財・電子部品の動きが堅調であることで、生産全体の底割れが防がれているようだ。7月の電子部品・デバイス工業と情報通信機械工業の生産は同+2.4・+15.0%となった。8月の経済産業省予測指数は同-1.7%(誤差調整後)となった。9月の同-0.3%と合わせて、7-9月期の鉱工業生産指数は前期比-1.5%と低下することが見込まれている。

トランプ関税後のグローバルな景気減速が、生産計画に織り込まれ始めた。トランプ関税の日米合意によって、日本の企業は米国への投資拡大が要求されている。弱い内需で国内投資が鈍化し、海外投資の拡大にシフトすれば、企業の国内支出不足による構造的デフレ圧力が再燃しかねない。人口減少と少子高齢化で経済規模は拡大しないという誤認が解け、人手不足による生産性向上のデジタル投資も拡大してきている。実質設備投資のGDPに占める割合で示す設備投資サイクルは大きく上向き、2025年4-6月期には+16.8%まで改善してきた。バブル崩壊後になかなか打ち破れずにいた17%の固い天井を、設備投資サイクルが打ち破れれば、デフレ構造不況を完全に脱却できるとみられる。企業の国内支出不足として構造的デフレ圧力となってきたプラスの異常な企業の貯蓄率も、正常なマイナスに戻れる。内需の弱さを背景に、また17%ではじき返されれば、元の木阿弥となる。出荷・在庫循環も、一気に底割れしていき、景気は後退してしまう。設備投資サイクルが、日本経済の命運を握っている。7月の資本財(除く輸送機械)の出荷は前月比-8.4%と弱いことは気がかりだ。8月の東京都区部のグローバルコア消費者物価指数(除く生鮮食品・エネルギー)は前年同月比+1.5%と、7月の+1.7%から上昇幅が縮小した。物価上昇の加速感はもはやなく、家計のファンダメンタルズの悪化によって、企業が値上げに慎重になり始めている兆候がある。

経産省は、投資額の一定割合を法人税額から差し引く税額控除で企業の国内投資を後押しする「設備投資促進税制」の創設に向けた検討を進めており、税制改正要望に盛り込む方針だとみられる。設備投資の対象には製造機械やソフトウェアの導入、工場建屋なども含め、幅広く支援する見込みである。また、設備投資にかかった費用の全額を、初年度に一括して経費(損金)算入できる「即時償却」の導入も求める見通しで、実現すれば足元の税負担の軽減で新たな設備投資の意欲を高める効果が見込まれる。米国では即時償却が7月に恒久化され、ドイツも法人への減税法案を成立させたことに足並みを揃える。政府は、人への投資、グリーン、経済安全保障など市場や競争に任せるだけでは過少投資となりやすい分野について公的支出を拡大し、これを呼び水として民間投資を拡大させる取り組みを行っている。税制改正と合わせて、デフレ構造不況からの完全脱却の数十年以来の局面変化への動きを促進する。

バブル崩壊後、設備投資サイクルはなかなかこの17%の天井を打ち破れずにいたのは、企業の経済・ビジネスの成長の予見可能性がほとんどなかったからだ。少し景気が良くなると、政府・日銀が緊縮政策で潰してしまう悪弊もあった。日銀は、「経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」との方針を維持している。需給ギャップが小さいにもかかわらず、強い物価上昇が続いて利上げの必要がある理由として、人手不足が深刻で、設備が稼働できないことを指摘している。人手不足によって稼働できない資本の余剰があって、需給ギャップは小さく推計されるが、強い物価上昇が続くという解釈だ。資本と労働の代替性を強くし、設備投資サイクルを押し上げるには、名目GDPが持続的に拡大するとの企業の予見可能性を高めなければならない。その予見可能性を高めるためには、政策当局が緩和的なポリシーミックスを続け、内需を強く拡大するコミットメントが必要になる。資本と労働の代替性が弱いから、人手不足によって物価が強く上昇するため、利上げをするというのは真逆だ。政策当局が緩和的なポリシーミックスを続けるコミットメントを強くすれば、代替性も強くなるとみられる。

図:設備投資サイクルと企業貯蓄率

図:設備投資サイクルと企業貯蓄率
(画像=出所:日銀、内閣府、クレディ・アグリコル証券)

会田 卓司
クレディ・アグリコル証券 東京支店 チーフエコノミスト
松本 賢
クレディ・アグリコル証券 マクロストラテジスト

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