この記事は2025年9月26日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.290『支出構造の変化が示す不動産運用戦略への示唆 《アセットタイプ別》』」を一部編集し、転載したものです。


支出構造の変化が示す不動産運用戦略への示唆 《アセットタイプ別》
(画像=tashatuvango/stock.adobe.com)

目次

  1. この記事の概要
  2. 経費率は投資判断における重要指標の一つ
  3. オフィス
  4. -共同住宅-
  5. -物流施設-
  6. まとめ

この記事の概要

• 経費率の推移は用途別に異なる上昇傾向を示す
• 支出構造は、物価、地価、築年数、設備仕様等の複合的な要因で変化
• 今後は支出の増加を前提とした上で、資産価値の維持向上に繋がる投資かを検証するこ とが収益安定化のポイント

(注)本稿の図表は、すべてJ-REIT公表の決算資料を基に三菱UFJ信託銀行が作成。個別図表への出所の記載は省略

経費率は投資判断における重要指標の一つ

不動産賃貸運営における経費率は、NOI(Net Operating Income)やキャッシュフローに直結する重要な指標の1つであり、運営上の戦略策定や意思決定の基盤となる。

用途別の経費率は、オフィスは緩やかな上昇傾向、共同住宅はほぼ横ばいながら近年はやや上昇傾向、物流施設は長期にわたり上昇している(図表1)。

支出構造の変化が示す不動産運用戦略への示唆 《アセットタイプ別》
(画像=三菱UFJ信託銀行)

物価上昇が続く中、支出構造(項目別構成比及び単価)に変化はないだろうか。

例えば、オフィスの場合、経費率は30%前後で推移しつつ、長期的にはやや上昇傾向である(図表2)。この上昇が、資産価値向上のための戦略的投資の結果なのか、外部環境によりやむを得ずコスト増となってしまったものなのか。前者であれば、やや遅行性を持ちながらもその成果が賃料上昇として反映されるはずだが、図表2からはそのような明確な傾向は読み取れない。一方、支出単価は過去20年間で約1割増加していることから、賃料以上に支出が増加した結果として経費率が上昇していると推察される。

支出構造の変化が示す不動産運用戦略への示唆 《アセットタイプ別》
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そこで、本稿では、J-REIT保有物件を対象に、経費率の推移や支出構造の変化単価)を分析した。

オフィス

オフィスにおける主要支出項目は、維持管理費、公租公課、水道光熱費であり、これらで支出全体の約8割を占めている(図表3)。2000年代以降、維持管理費が最大だったが、2020年代には公租公課が逆転し、最大割合となった。

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構成比の低下は公租公課の上昇による影響と考えられるが、単価も減少している。背景の1つとして、複数物件の一括管理委託による運営効率化により、品質を維持しつつコストダウンを図る等の取り組みがなされたことや、管理会社による物価上昇の吸収努力があると考えられる。

足元では単価は若干上昇に転じており、今後、人件費や資材費の上昇が維持管理費にも転嫁される可能性が十分考えられる。

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構成比は長期的に上昇し、2019年には維持管理費を上回り最大割合となった。単価も2020年以降は顕著に上昇しており、地価や建築費の上昇が反映されている。地価上昇の著しい都心部では賃料も上昇しているが、公租公課の上昇に賃料が追い付かない物件の場合は公租公課が重い負担となる。公租公課は運用側でのコントロールが困難であるため、地価と賃料の上昇余地のバランスを見極める必要があるだろう。

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単価は長年1,000~1,200円/月・坪の範囲で推移していたが、近年は全国的な値上げにより1,500円/月・坪を超えるケースもあり、年ごとの変動が大きい。省エネ性能の高い設備の導入や水道光熱費上昇分のテナントへの転嫁は進んでいるが、インフレ下では更に増加する可能性も考えられる。

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オフィスの平均築年数は、2005年時点で16年、2025年には28年になっており(図表6)、築年数の経過に伴い修繕費が増加したと考えられる。資材費・労務費等の上昇により2023年以降、急激に単価が上昇しており、今後も修繕費の増加が続くと予想される。

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新築や築浅物件の取得が困難な現状では、既存物件の修繕を、資産価値維持・向上のための投資として捉え、戦略的な修繕計画を練ることが重要となるだろう(築年数に対する考察はVOL.274「収益性指標から見る東京オフィス市場~築年数別~」を参照されたい)。

-共同住宅-

共同住宅では、維持管理費、公租公課、修繕費が支出全体の約8割を占める(図表7)。

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構成比は長期にわたり最大割合であるものの、2000年代の45%から2020年代の35%まで低下した。単価も1,300円から900円に減少しており、オフィス同様、複数物件の一括管理委託等の効率化や管理会社のコスト削減努力が進んだ結果と考えられる。

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単価が倍増しており地価上昇の影響が伺えるが、足元では横ばいである。住宅地の地価上昇はオフィスの集中する都心部の商業地に比べると緩やかであることや、近年は高利回りの物件を求め、取得エリアが相対的に地価の安い都心周辺部や郊外へと広がっていること等が要因として考えられるだろう(図表10)。

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オフィス同様、建物の平均築年数の経過により、構成比・単価とも上昇していると考えられる。足元の単価は、公租公課を超える水準となり、今後も物価高の影響を受け修繕費が増加することが予想される。共同住宅においては、修繕費は維持管理費、公租公課に次ぐ割合を占め、収益への影響が大きい一方、物件の競争力維持には不可欠な支出であるため、安易な削減は望ましくない。投資したコストが資産価値の維持・向上に資するかどうかを見極めた上で、計画的な修繕計画が求められるだろう。

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-物流施設-

物流施設の経費率や支出構造は、オフィスや共同住宅とは大きく異なる特徴を有している。

2012年のGLP投資法人の上場以降、外資系や国内デベロッパー系のJ-REITを中心に先進型大型物流施設<1>の取得が進んだことにより、倉庫以外の設備にかかる費用が増加したため、経費率が大きく上昇している。加えて、物流施設は長期契約が多く、賃料増額機会が限られる一方、支出単価は上昇傾向が続いたことも経費率上昇の要因の一つと考えられる(図表12)。

支出構造の変化が示す不動産運用戦略への示唆 《アセットタイプ別》
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また、公租公課の構成比が他用途に比べ圧倒的に高く、支出全体に占める割合が突出している点も物流施設特有の傾向である。(図表13)。これは、物流施設の建物構造が比較的シンプルであり、維持管理費や水道光熱費が限定的であることに加え、BTS<2>型施設ではこれらの費用をテナント側が負担するケースが多いためである。

支出構造の変化が示す不動産運用戦略への示唆 《アセットタイプ別》
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2010年前後と比較すると構成比・単価ともに低下しているが、近年に限ると、物流適地となる地方や郊外の地価上昇に伴い、構成比・単価ともに上昇傾向だ。

構成比が大きく収益への影響が大きい一方、既存契約においては公租公課の上昇を賃料増額として即時に転嫁できるとは限らない。物件の取得にあたっては、賃料の上昇余地と公租公課の上昇リスクのバランスを見極める必要があるだろう。

1:高機能・汎用性を備えた物流施設。明確な定義はないが、一般的に、各階にトラックが搬入できるランプウェイや床荷重1.5t/㎡以上、天井高5.5m以上、柱間隔10m以上のスペックを備えたものを指す。荷物を保管するだけでなく加工・修理・梱包・配送等に必要な設備、従業員向けのカフェテリア、保育所などの付帯設備も備えているケースが多い。
2:Build to Suit特定のテナント企業の要望に合わせてオーダーメイドで設計された物流施設

支出構造の変化が示す不動産運用戦略への示唆 《アセットタイプ別》
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背景には、前述の通り先進型大型物流施設の取得が進んだことがある。省エネ設備の導入等によるコストの抑制は進んでいるものの、当面は物価高により維持管理費・水道光熱費の高止まりが予想される。但し、長期的には庫内自動化が進み、施設内で働く従業員が現在より減少した場合には、付帯設備等の見直しに伴い、維持管理費も抑制される可能性も考えられるのではないだろうか。

まとめ

経費率や支出構造の変化は、地価、物価、築年数、設備仕様等の複合的な要因によって生じている。地価や建築費の上昇に伴う公租公課の増加も引き続き見込まれるが、運営側でのコントロールが難しい。維持管理費は長期的に単価が低下していることから、すでに限界に近い水準まで効率化が進んでおり、足元の物価高の状況下でその効果が相殺されつつある状況だ。

今後もインフレ傾向が続くことや、物件の平均築年数が増加することが見込まれる。支出の増加を前提とした上で、その支出が資産価値の維持向上に繋がる投資になるかを十分に検証することが、安定した収益確保のポイントとなるだろう。

オフィス賃料の上昇を牽引する周辺相場へのキャッチアップと大規模選好
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黒澤直子
三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部