この記事は2025年9月10日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.289『オフィス賃料の上昇を牽引する周辺相場へのキャッチアップと大規模選好』」を一部編集し、転載したものです。


オフィス賃料の上昇を牽引する周辺相場へのキャッチアップと大規模選好
(画像=Vadym/stock.adobe.com)

目次

  1. この記事の概要
  2. オフィス需要の拡大で需給はひっ迫し、賃料上昇の波が市場全体に広がる
  3. 賃料上昇率が高いビルの特徴:相対賃料が低く、延床面積が大きい
  4. 空室減少を背景に、駅距離の離れた物件も賃料の割安感や大型区画が強みとなる傾向
  5. 金融政策の正常化局面で問われる賃料成長の持続性

この記事の概要

• オフィス需要の拡大で需給はひっ迫し、賃料上昇の波が市場全体に広がる

• 賃料上昇率が高いビルの特徴は、相対賃料が低く、延床面積が大きい

• 空室減少を背景に、駅距離の離れた物件も賃料の割安感や大型区画が強みとなる傾向

オフィス需要の拡大で需給はひっ迫し、賃料上昇の波が市場全体に広がる

東京都心5区のオフィス空室率は足元2%台にまで低下しており、テナント需要の裾野は拡大している(図表1)。2025年は年初に新築・大規模ビルの竣工が集中したが、堅調なオフィス需要によって吸収された(図表2)。需給のひっ迫感が貸し手優位の相場を形成し、賃料上昇は幅広い物件に波及している。

コロナ禍で顕在化した在宅勤務を活用したオフィス縮小ニーズは一変し、人手不足に伴う人材獲得・定着の観点から、オフィスの利便性や共用部の充実を重視する動きが多い。JR山手線や地下鉄の駅から近いビルでは空室が一段と減少し、賃料もコロナ禍前の水準に戻りつつある。

他方で、湾岸部のエリアを含む主要駅から離れた立地のビルでも、空室率は改善傾向にある。

注目すべき点として、大型区画のダウンタイムが顕著に短期化している。コロナ禍前と比較しても大型床を求める拠点集約等の需要が厚く、結果として大規模ビルの空室消化が進みやすいものとみられる。東京では大型再開発が相次ぐことで、既存の大規模ビルに二次空室が発生する懸念もあったが、需要の拡大が想定を上回り、良質なオフィスストックは館内増床を含め着実に埋め戻されている。

オフィス賃料の上昇を牽引する周辺相場へのキャッチアップと大規模選好
(画像=三菱UFJ信託銀行)

賃料上昇率が高いビルの特徴:相対賃料が低く、延床面積が大きい

オフィス市況が総じて活況を呈する中、物件ごとの賃料上昇度合いの差異が何に起因するのかを調べたところ、足元の賃料上昇のドライバーとして2つの要因が浮かび上がった。2021年~2023年における各ビルの賃料底値から、直近にかけての賃料変化率を、各種要因で説明する回帰分析<1>)を行った結果を図表3に示す。

オフィス賃料の上昇を牽引する周辺相場へのキャッチアップと大規模選好
(画像=三菱UFJ信託銀行)

各要因が賃料変化率に及ぼす影響の平均的な大きさを表す「平均影響度」が特に大きいのは、周辺相場と比較した相対賃料となった。オフィス需給のひっ迫が進む中、エリア内で相対的に割安なビルは、相場並みの賃料水準へのキャッチアップが進んでいる。

次に平均影響度が大きいのは延床面積である。大規模ビルは拠点集約ニーズの受け皿となりやすく、また、共用ラウンジや飲食・物販店舗など、従業員エンゲージメントや人材採用を後押しするビル内アメニティは大規模ビルほど充実しやすいと言える。

大規模ビルに対する需要の強さは、空室区画の規模別に集計したダウンタイムの動向からも推察される。いずれの面積帯もダウンタイムは短期化しているが、コロナ禍拡大前の水準と比較すると、特に200坪以上の大型区画(200~500坪及び500坪以上)の低下が目立つ(図表4)。

オフィス賃料の上昇を牽引する周辺相場へのキャッチアップと大規模選好
(画像=三菱UFJ信託銀行)

大型区画は、入居フロアを分散せずにコミュニケーション効率を高めたい企業に適する他、多様なワークスタイルに対応する柔軟なレイアウトを可能とする。昨今のオフィス戦略では、以前に比べてこれらのテナントニーズが拡大している。

1:各要因の回帰係数に関する詳細な推計結果については、巻末の図表8を参照されたい。

空室減少を背景に、駅距離の離れた物件も賃料の割安感や大型区画が強みとなる傾向

一方、最寄駅距離の賃料上昇率への影響は統計的に有意と言えず、平均影響度も小さい。駅距離の影響が小さい背景としては、市場の空室在庫が減少し、移転先の選択肢が限られてきたことが挙げられる。拠点集約やオフィス拡張に際し、まとまった面積を必要とする企業にとって、大型の床を確保できる物件は多く残されておらず、新築(賃料が高い傾向)か、周縁エリアや交通利便性に劣る立地(主要駅や最寄駅から遠い傾向)の大規模ビルに限られつつある。コスト抑制を重視する企業は後者を選びやすく、駅距離は他の要因に劣後することになる。

実際、JR山手線駅近のビルは空室率が1%台前半まで低下している一方、山手線や地下鉄駅から離れた立地のビルの空室率はいまだ6%台と高いものの、両者の賃料上昇率を2023年の終わり頃から比較すると大きな差は無い(図表5)。

オフィス賃料の上昇を牽引する周辺相場へのキャッチアップと大規模選好
(画像=三菱UFJ信託銀行)

ここから2つの示唆が得られる。第一に、駅距離は絶対条件ではなく、他要因の条件が揃えば許容される相対条件となっている。第二に、周縁エリアでも賃料の割安感や大型区画といった強みがあれば、十分に賃料の引き上げ余地があると言える。

現状のオフィス選択における企業の優先順位は、平均的には、①エリアと賃料コスト、②フロア集約やアメニティ、③ビルや設備の新しさ、④最寄駅からのアクセス、の順であると解釈でき、駅距離の影響は他の条件の充足度合いに依存するとみられる。最寄駅から離れたビルを保有する場合には、距離という弱みを仕様・運用や賃料設定で補う発想が肝要であろう。

金融政策の正常化局面で問われる賃料成長の持続性

先行きのオフィス賃料については、需給の引き締まり傾向が続く中で、平均的には年率3%程度のペースで上昇が続くと予測している<2>)。金融市場においても、オフィスは他のアセットタイプに比べて賃料成長期待が相対的に強く織り込まれており、オフィス系REITとJ-REIT全銘柄のインプライド・キャプレートを比較すると、その差(スプレッド)は2000年代後半や2010年代後半の賃料上昇局面と同様に拡大している(図表6)。

オフィス賃料の上昇見通しがベースシナリオとして定着している一方、金融政策の正常化が継続する局面では、キャップレートに上昇圧力が働きやすい。東京都心におけるオフィスのキャップレート低下余地はほぼ無くなってきたとみられ、東京都心3区のJ-REIT保有オフィスで鑑定キャップレートが前期から低下した物件の割合は、足元でコロナ禍拡大直後の時期並みに低い(図表7)。キャップレートの上昇は不動産価値を下押しするため、不動産投資においてはどの程度の賃料成長がどの程度持続するのかを評価することがこれまで以上に重要になろう。

オフィス賃料の上昇を牽引する周辺相場へのキャッチアップと大規模選好
(画像=三菱UFJ信託銀行)

本稿の分析結果が示唆するところでは、オフィス賃料が上昇しやすいのは周辺相場へのキャッチアップが進行中のビルや、大型床の需要を安定的に取り込めるビルである。こうした物件は需給のひっ迫を背景に賃料上昇が見込め、金利上昇局面でも価格の下支え効果が期待できる。

一方で、賃料成長が鈍化した場合には、キャップレートの上昇が価格に一定の調整圧力を及ぼす可能性がある。総じて、市場の関心は短期的な賃料の上昇よりも、その持続可能性や再現性に移りつつあり、中期的に賃料成長を支えられる物件属性や契約条件の有無を見極めることが必要になる。

2:詳細については2025年7月10日付レポート「東京・大阪のオフィス市場予測(2025年7月)」を参照されたい。

オフィス賃料の上昇を牽引する周辺相場へのキャッチアップと大規模選好
(画像=三菱UFJ信託銀行)
竹本遼太
三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部