2025年に創業120周年を迎えた総合化学メーカー、奥野製薬工業株式会社。表面処理、無機材料、食品の3部門で事業を展開し、直近では過去最高売上高を記録するなど堅調な成長を続けている。
同社の奥野直希氏は、元小学校教師を務めていたところから2009年に入社し、2024年に社長就任。それ以来、長年培われた「ほんとうに愛される製品をつくり みんなに愛される人になれ」という企業DNAを継承しつつ、組織の部分最適から全体最適への転換を推進する。
老舗企業に新たな風を吹き込む奥野氏に、事業承継の経緯とこれからの成長戦略を聞いた。
企業サイト:https://www.okuno.co.jp/
部分最適から全体最適への変化の途上にある奥野製薬工業
── 創業が1905年。120年の歴史があります。
奥野氏(以下、敬称略) 和暦にすると、明治38年ですね。大阪で工業薬品の小分けを行う「奥野商店」という形で始まりました。奥野製薬工業としての始まりは、私の曽祖父にあたる奥野清六が、1922年に日本で初めてベーキングパウダーを工業的に生産したことです。
その後、曽祖父は無機材料事業部を立ち上げ、ガラスインクの製造を始めました。戦後、1950年代に表面処理技術の将来性に着目し、研究資金を投じてこの分野を大きく伸ばしました。
1990年代からは、アメリカの電子デバイスメーカーとの取引が拡大し、特に表面処理を中心に事業が成長。その結果、現在の売上高333億円へとつながっています。
── 奥野社長は大学卒業後、小学校教師を経て入社したそうですが、当時の組織や企業文化はどのようなものでしたか?
奥野 2009年に奥野製薬に入社した際の最初の配属は技術部のお客様サポート係で、表面処理技術を1年間学んだ後、海外を含めさまざまな部署を経験しています。
当時の企業文化は、現在と大きく変わらない部分もありますが、経営陣の考え方には「部分最適」が多く見られました。大阪本社、名古屋支店、東京支店などといった各拠点が互いに競争するような雰囲気があり、部署間の人の移動も活発ではありませんでした。
各部分への最適化を目指す半面、研究所から人材が取られることへの抵抗感などもあり、組織としての一体感に欠ける部分があったと感じています。
現在は、役員会議などで「部分最適ではなく全体最適で意思決定を行う」ことを徹底し、社内での過度な競争はやめています。父が社長だったころも組織の伸びはあったため、当時のやり方が悪かったわけではないと思いますが、今後のさらなる成長のためには全体最適の考え方が不可欠です。
教員となる前から固めていた家業継承の決意
── 先代社長の意向もあって家業を継ぐと決めたそうですが、そのときの心境について教えてください。
奥野 大学では教育学を専攻していて、そのころは教師になるか、昔からやりたかった仕事に就くかで迷っていました。
一方、2005年に就職活動をしていた際、奥野製薬が100周年を迎えたこともあり、社史をまとめた資料を読みました。それまで、会社について漠然とは知っていましたが、事業内容や規模はあまり理解していませんでした。父は家庭で仕事の話をしない方針だったため、触れる機会が少なかったのです。
資料を読み、奥野製薬がどのように成長してきたのかを知り、自分が進みたい道に進むと共に社会へ出た多くのメンバーと同じような仕事しかできないと気づきました。また、家業を継ぐということは限られた人間しかできないことも十分理解しています。
そのとき、自分がそちらに進むべきなのかと考えるようになりました。
覚悟が完全にできていたわけではありませんでしたが、「家業を継ぐべきかもしれない」と就職活動時から決断していました。親の敷いたレールから逃れたい気持ちもありましたが、社会人4年目から家業に戻るという条件で、3年間は外部で経験を積むことを許してもらったのです。
その時点ではまだ覚悟が決まっていませんでしたが、将来的には奥野製薬を継ぐ立場にならなければならないという意識はありました。
── 学生時代は教師や航空業界に憧れていたとのことですが、そのきっかけは何だったのでしょうか?
奥野 高校生のときに進路指導を受け、「普通のサラリーマンにはなりたくない」と感じました。事務所でパソコンを打つだけの仕事ではなく、もっと違うことがしたいと考えていたのです。航空業界であれば、さまざまな場所へ行ける可能性があり、面白そうだと感じました。
また、教師という職業にも魅力を感じていました。特に小学校の先生は、子どもたちと触れ合い、その成長にかかわれることが大きなやりがいです。子どもが特別好きだったわけではないものの、そういった仕事は素晴らしいと意義を感じ、教師の道も考えた経緯です。
結果的に、今、私は「普通のサラリーマン」ではない人生を送っています。しかし、営業職や研究職など、それぞれの仕事にはそれぞれの面白さややりがいがあることを、社会人になってから知りました。
守るべき精神を残すため組織改革へ
── 社長就任後、過去最高の売上高333億円を達成しましたが、その要因は何だったのでしょうか?
奥野 その売上高は社長就任から1年半ほどで達成したため、私が直接的に何かを変えたことで売り上げが大きく伸びたという実感はありません。
300億円を突破できたのは、長年にわたる奥野製薬の研究開発と営業活動の成果だと考えています。特に、アルミの表面処理技術は1970年代から研究を重ねており、お客様のニーズに応える製品開発が、現在の売上につながっています。
副社長時代には、薬品事業とは異なる装置事業への進出を決断し、外部メーカーと連携して装置開発を実現しました。この装置事業の売上が昨年度大きく伸び、成長に寄与する大きな変化だととらえています。
── 120年の歴史の中で、変えてはならない部分と、社長として変えるべき課題は何でしょうか?
奥野 変えてはならないのは、社是である「ほんとうに愛される製品をつくり、みんなに愛される人になれ」という精神です。これは曽祖父の時代から受け継がれてきた奥野のDNAであり、製品開発やお客様とのかかわりにおいて、常に「愛」をベースにすること、そして愛される人になることを目指す文化は、これからも守り続けたいと考えています。
一方、私が変えていかなければならないと考えているのは、事業部間の連携です。表面処理、無機材料、食品の3部門がありますが、どうしても各部門の専門知識に偏りがちです。現在、売上の75%以上を占める表面処理事業が伸びているのは、経営陣が表面処理出身であることも一因です。
今後は、事業部制を導入し、営業、製造、品質管理などの部門を事業部ごとに分け、事業本部長がその事業の成長戦略を考える体制を目指します。これにより、部門間の人の交流を促進し、各部門の専門性を高めるとともに、全体最適の視点での事業運営を推進します。
研究開発においても、領域ごとにチームを再編し、研究員がこれまで触れてこなかった技術にも携われる機会を増やし、組織全体の成長を加速させたいです。
── 社長就任後、特に大きな壁や課題に直面したことはありますか?
奥野 慢性的に「人が足りない」と感じています。しかし、本当に人が足りないのか、それとも配置やマインドの問題なのかを考える必要があるでしょう。
社員にマインドを変えてくださいといってもすぐには難しいので、それぞれが能動的に、前向きに取り組めるような仕組みをつくるため、人事制度改革プロジェクトを組成し、社員を主要メンバーに据えて進めています。
現行の人事制度は10年前に見直しましたが、過去のやり方を踏襲した部分がありました。そのため、社員の思いとの乖離が生じ、特に研究部門では「評価されていない」と感じる社員がいるなど、モチベーションの低下につながっている可能性があります。
人が足りないという課題に対し、一人ひとりが最大限に能力を発揮できるような仕組みづくりが重要です。
挑戦を促す土壌をつくる
── 社長自身が従業員と共に人事制度改革を進める姿勢は風通しの良さを感じますが、どのような企業風土を目指していますか?
奥野 風通しをさらに良くするために、「心理的安全性」と「家族的経営」を掲げています。
心理的安全性の向上とは、いいたいこと、やりたいことを自由にいえる環境の構築です。単なるわがままではなく、会社をより良くするため働きやすくするためにはどうするかを、積極的に発信してほしいと考えています。
家族的経営とは、挑戦した結果、たとえ失敗したとしても家族のような温かい雰囲気でカバーし合える関係性を築くことです。これにより、社員が「挑戦しても怖くない」と感じられるような企業文化を目指しています。
── 挑戦を促す社風をつくるため、経営者としてどのようなメッセージを発信していますか?
奥野 挑戦する環境をつくるために、まず私自身が先頭に立ってBtoC事業への挑戦を始めました。これまでの奥野製薬では経験のない分野ですが、会社を設立し、現在トライしています。これは社員に「挑戦する」という姿勢を見せるためでもあります。
また、ミッション・ビジョン・バリューにも「挑戦」という言葉を盛り込みました。さらに、スポーツチームやプロアスリート、音楽活動を行う若者へのスポンサーシップを通じて、「挑戦する人」を全面的に応援する姿勢を示しています。これは、奥野製薬がお金を出してでも挑戦を支えるというメッセージです。
グローバル化に事業ポートフォリオ拡大で対応
── 今後の日本、世界経済の変化を見据え、事業をどのように展開するのでしょうか?
奥野 グローバル化は重要なテーマです。表面処理事業ではすでに売上の半分が海外ですが、食品事業でも国際的な営業チームを立ち上げ海外展開を進めています。社員のマインドを変え、海外での経験を積む機会を増やすことも重要です。
また、日本の工業が停滞する中で、他社の挑戦を奥野製薬の製品でサポートできるかを常に考えています。さらに、これまで検討してこなかったM&Aも検討し、事業ポートフォリオを拡大することで、新たな材料開発や事業展開につなげていきたいです。
── 今後の5年、10年、15年、20年というスパンでの、経営者としてのビジョンを教えてください。
奥野 AIや仮想空間が発展する現代において、その裏側にある電子機器やウェアラブルデバイス、そして食文化の変化は避けられません。奥野製薬の強みである「おいしさと安全 」を両立させた食品技術を世界に発信したいと考えています。
また、AIやウェアラブルデバイスなど、あらゆる物には「表面」があり、その表面を介する技術を持つのが奥野製薬です。この技術力を活かし、世界が変わるのを支える存在になりたいと考えています。世界を変えるというよりは、世界の変化に貢献したいという気持ちで、事業を展開しています。
- 氏名
- 奥野直希(おくの なおき)
- 社名
- 奥野製薬工業株式会社
- 役職
- 代表取締役社長

