本記事は、堀田 孝治氏の著書『新版 入社3年目の心得』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
「種目」が違えば、やることも変わる
「知識」や「スキル」「能力」の差だけなのか
「仕事ができる人」というのは、「どこで、何をやってもできる人」です。
真に仕事ができる人は、悔しいですが、私のように「異動した途端にダメになる」といったことがありません。営業からマーケティングに行っても、マーケティングから人事に行っても、日本からブラジルに行っても、「仕事ができる」のです。
休職後に復職した私は、「自分と、そのような人たちとの違い」を血眼になって探し求めました。なぜなら、その違いがわからないと、その人たちのようになれないと、今後も異動が当然あるこの会社の中で、サバイバルできないからです。
(知識が違うのか…… スキルが違うのか…… 頭の良さが違うのか……)
私が最初に目をつけたのは、知識やスキル、そして思考力などの能力の差です。
私は営業からマーケティングに異動して、ダメになりました。白状すると、マーケティングの本をきちんと読んだこともなかったのです。
(やはり「知識」の差か……)
復職した私は、すぐに支店の総務部に異動になりました。これまた、まったく未体験の仕事です。総務部は「総ての務め」とはよく言ったもので、部署の中には、人事や経理、庶務、車両管理、レイアウト変更など、支店の営業以外の「総ての務め」があります。
(経理の本を読まなきゃ、労働基準法の本を読まなきゃ……)
今度こそ同じ轍てつを踏まぬように、本屋さんで経理や労務の本を購入し、嫌々ながら読みはじめました。
もちろん、知識はないより、あった方が絶対に有利です。マーケティング部門に行くことがうすうすわかっていたのに、マーケティングの本を1冊も読んでいないなんて、厳しい先輩の言葉を借りればたしかに「論外」でしょう。
幸か不幸か、復職したての私に与えられたのは、経理処理のインプットや、営業車両のアナウンスなどのいわゆる「作業」でした。本を読まなくてもできるものばかりです。肩すかしを感じながら、しかし、2度の失敗は許されない私は、必死に目の前のことをこなしました。
しばらくして、私は、「あること」に気づかされます。
私のいる総務部門に、私の後に、異動してくる先輩がいらっしゃいました。営業やマーケティングでバリバリとやっていた先輩たちが、やってこられたのです。その先輩たちは、自身が総務の仕事をすることを、まったく予期していませんでした。
そして、先輩たちは、私と違って、いきなり難しい判断を含む、“仕事”を与えられました。その先輩は…… 本を読む間もなく、その仕事がいきなり「できた」のです。
仕事ができる人とは、ここが違った
仕事ができる人は、異動しても、知識がなくても、ちゃんと仕事ができる……。
そんな姿を目の当たりにしたのですから、どうやら「知識・スキルの差」という私の原因仮説は、ハズレとは言わないまでも、「大当たり」ではないようです。
では、いったい自分とその人たちとの違いは何なのか……。その「答え」は、ある日の会社での昼食時に、突然やってきました。
「あのなぁ、お客さんは自分が勝てる人に会いたいのよ。だから、いかにお客さんに勝ったと感じてもらうかが、営業の腕の見せどころじゃないの? それなのに、お客を論破しちゃうなんて、おまえ、それは最低の営業だよ……」
と別なテーブルから、先輩が後輩に向かってあきれながら語っているのが耳に入ってきたのです。その言葉を聞いた瞬間、ドキッとするとともに、ハッとした気づきが自分の中に起きました。
(俺も、お客さんに勝とうとしていたんじゃないか…… 他部署にも、本社にも、常に勝とうとしたから、結果的に大負けしたのではないのか)
(知識やスキルは大事。でも、もっと大事なのは、「ここ」かもしれない)
そう思って、そういう目と耳で注意深く聞いていると、同じようなことが、次から次へと飛び込んでくるようになりました。
「勉強じゃあるまいし、仕事にはそもそも唯一の『解』や『正解』なんてあるわけないの。だから、みんな違う『答え』を言ってあたりまえ。『人によって言うことが違う!』と文句を言われてもなぁ……」
「仕事での決断っていうのは、『半分の人に嫌われる』ということじゃないの? 他人の評価を気にして、万人に好かれようなんて思っていたら、決断なんてできないよ」
「仕事ができる人」と私には、スキルや知識以上に、〝決定的に〞違う点があることがわかりました。
仕事ができる人は、私と違って、「仕事という種目がなんなのかを、自分なりにきちんと理解している」のです。自分がやっている種目を理解しているから、その種目に合った行動を選べる。だから、その行動が、努力が、どこで、何をやっても報われる……。
それが、「どこで、何をやっても仕事ができる人」の共通点であり、正体だったのです。
1989年味の素株式会社に入社。営業としてキャリアをスタートし、3年目には大きな成果を挙げ、仕事ができる“つもり”になって本社のマーケティング部門に異動するも挫折し、心身の調子を崩し、30歳で9カ月の休職となる。
復職後、その挫折と失敗をはじめて振り返り、失敗の本質を発見。自己変革に着手する。人事部に異動後は、持論をより専門的に磨きながら、他者にも役立てるべく、教育体系を再構築し自らも講師として研修に立つ。その後、広告部マネージャーを経て、2007年にプロの企業研修講師として独立する。
「20代の自分が受けるべきだった研修」をコンセプトに「7つの行動原則」研修プログラムを開発。するとたちまち大手企業を中心に、さまざまな業種、職種の企業で主に「3年目研修」として導入・定着し、現在では幅広い年齢層にも拡大し、のべ1万5千人以上のビジネスパーソンが「7つの行動原則」研修を受講している。また八ヶ岳は原村にも拠点を設け、都会と田舎との2拠点「両立」生活を開始。そして55歳で極真空手に入門し、自らも「7つの行動原則」を軸にした自己変革・成長の取り組みとワクワクするビジネス&ライフを実践中。
著書に『しなくていい努力』(集英社)、『「会社は無理ゲー」な人がノビノビ稼ぐ方法』(技術評論社)などがある。
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