1959年創業でクリーニング事業を展開する、株式会社ヨシハラシステムズ。代表取締役社長の吉原保氏は、2008年に父の急逝を機に同社を承継した。
当時は内部留保ゼロ・借金1.8億円で資金繰りも苦しい状況から、IT業界で培った知見を生かし、翌2009年に宅配クリーニング「せんたく便」を立ち上げる。分かりやすいパック料金制や、自社開発のクラウド型システムを武器に経営改革を推進し、全国展開へと導いた。
現在は同業者へのシステム提供やリユース市場への参入など、新たな挑戦を続けている。過酷な事業承継を乗り越え、伝統技術にITを掛け合わせて業界に革新をもたらす吉原氏に、これまでの軌跡と今後の戦略を聞いた。
企業サイト:https://yoshihara-cl.co.jp/
目次
財務も人事も厳しい状況下で承継をした吉原氏
── 創業から70年近く経ちますが、当時はどのような業態だったのでしょうか。
吉原氏(以下、敬称略) 当社は、1959年に祖父が創業しました。私は三代目にあたります。
祖父の代は、郵便配達のようなカバンで一軒ずつクリーニング品を回収するスタイルでした。滋賀県の米原駅が旧国鉄の大きなターミナルであり、宿舎のシーツなどの法人需要も多かったと聞いています。
父の代になると、音楽を鳴らしながら住宅街を回る移動回収車での営業を強化しました。女性中心の営業チームを編成し、県内を広く回るスタイルです。
同時に、平和堂などのスーパーが台頭してきた時期でもありました。スーパーの敷地内にプレハブ店舗を出店したり、地域の取りまとめ役の方を取次店としたりして、拠点を増やしました。
── 吉原社長が事業を承継したのは、どのようなタイミングだったのでしょうか?
吉原 私が承継したのは2008年です。父が急逝したことがきっかけでした。当時は別のIT企業を経営し、売却した直後のタイミングでした。次に何をしようかと考えていた時期に父が亡くなり、必然的に家業を継いだのです。
しかし、当時の経営状況はきわめて厳しいものでした。父が病気だったこともあり、適切な経営管理ができていなかったのです。内部留保はまったくなく、資金繰りはマイナスの状態からのスタートでした。
── 承継直後から、相当な苦労があったのですね。
吉原 クリーニング業界は季節変動が激しく、春に稼いで夏と冬の赤字を補填する構造です。私が継いだ2月は、最も資金繰りが苦しい時期です。銀行との信頼関係もない中、月末に数千万円の支払いが足りないという状況から始まりました。
また、組織面でも課題がありました。当時は管理職といえるような人がおらず、現場はパートタイマーが中心です。資金繰りと並行して、人材紹介会社などを通じて即戦力となる幹部候補を集めることにも奔走しました。
お金と人の両面で、非常に苦しい時期を過ごしました。
ITの知見を生かした「せんたく便」
── 厳しい状況から、どのようにして「せんたく便」の着想に至ったのでしょうか?
吉原 私はもともとモバイルコンテンツやウェブ制作の会社を経営していました。IT業界は変化が激しく、毎年新しい機種やプラットフォームに対応し続けなければなりません。そのサイクルに限界を感じていたとき、クリーニングという商売の安定性に魅力を感じました。
安定性というのは、クリーニングの本質的な技術が何十年も大きく変わらなかったことです。この安定したサービスにITを掛け合わせれば、継続的なビジネスになると確信しました。資金がない中で自分にできることは、ウェブサイトを自作し、プロモーションを行うことでした。
── 従来の店舗型ではなく、宅配に特化した理由はどこにありますか?
吉原 滋賀県内だけで展開しても、既存の自社店舗と競合するだけです。売り上げを大きく伸ばすには、全国を対象にする必要があります。そこで宅配業者と提携し、ウェブで完結する「せんたく便」を2009年に立ち上げました。
── 「せんたく便」の画期的な料金体系は、どのように決めたのでしょうか?
吉原 最も重視したのは、ユーザーにとっての分かりやすさと、工場のオペレーション効率です。従来のクリーニングは、出すまで料金が分からないという不透明さがありました。そこで、一点ずつの計算ではなく「10点で5092円」というパック料金制を導入しました。
この価格設定には理由があります。5092円は語呂合わせで「ゴー・クリーニング」となります。また、リピート割引を適用すると4777円になり、縁起の良い数字が並ぶように工夫しました。
── パック料金制は、運営側のメリットも大きいのでしょうか?
吉原 非常に大きいです。一点ごとに検品して料金を確定させる手間が省けます。工場では点数だけを確認すればよいため、お客様との料金トラブルもほとんどありません。また、あらかじめ料金が決まっていることで、ECサイトのショッピングカートの設計が容易になります。
この仕組みが、宅配クリーニングを全国に広める大きな要因となりました。
業界の信頼維持のため社外にクラウドサービスを提供
── 自社開発のシステムについても、詳しく教えてください。
吉原 「せんたく便」の根幹を支えるのは、管理システムです。一般的なクリーニング店は、受付順に番号を振るだけの単純な管理です。しかし、宅配や保管サービスでは、受注時期と納期がバラバラになります。
膨大な量の商品をミスなく管理するためには、ITによるトレースが不可欠です。商品の写真を撮り、クラウド上で管理することで、お客様も進捗を確認できる状態にしました。このシステムにより、過去の注文履歴や商品の状態を正確に把握することが可能です。
── そのシステムを外部の同業者にも提供されているのですね?
吉原 はい。「Cleaning.shop」という名称でクラウドシステムを提供しています。宅配クリーニングに参入する企業が増えましたが、その多くは既存のショッピングカートを流用しています。しかし、クリーニングは“回収”から始まる特殊なビジネスです。
適切な納期管理ができないまま受注を増やすと、繁忙期にパンクしてしまいます。実際に大手企業が納期遅延で大きな問題を起こし、市場から撤退するケースもありました。業界全体の信頼を守るためにも、当社の管理ノウハウをシステムとして提供することに意義を感じています。
── 現場の職人技とITは、どのように融合させているのでしょうか?
吉原 ITはあくまで管理や利便性を高めるためのツールです。クリーニングの本質は、一点一点を丁寧に仕上げる職人の技術にあります。システムによって無駄な事務作業を削減し、職人が本来の仕事に集中できる環境をつくりました。
お客様からのクレームや要望も、システムを通じて即座に現場へフィードバック。たとえば「畳み仕上げ」への不満があればハンガーボックスでの配送を導入するなど、柔軟に改善します。デジタルで収集した声をアナログなサービス改善につなげるサイクルを大切にしています。
減少する個人クリーニング店の代替を目指す
── 今後の事業戦略について、どのような展望がありますか?
吉原 大きく分けて二つの方向性を考えています。
一つは、クリーニング技術を軸としたリユース市場への参入です。現在、古着市場は急速に拡大していますが、メンテナンス機能を持つ企業は多くありません。リユース企業と提携し、当社の工場でクリーニングや補修を行ったうえで販売するモデルを構築します。
「クリーニング済み」という付加価値は、中古衣料において強力なアドバンテージになります。自社でもリユースショップを展開し、衣類のライフサイクル全般に関与することを目指す考えです。
── もう一つの戦略は、B2B2Cモデルだということですが?
吉原 はい、多くの顧客基盤を持つ大手企業とのアライアンスを強化します。たとえば、千趣会様や住友不動産様といった企業と提携しています。提携先が窓口となり、実務やシステム管理を当社が担う形です。
特に都市部のマンション居住者や忙しいビジネスパーソンにとって、宅配クリーニングのニーズは高いのです。自社ブランドの「せんたく便」だけでなく、他社ブランドの裏方としてインフラを提供します。これにより、自社だけでは到達できない幅広い層のお客様にサービスを届けることが可能です。
── 法人向けのB2B需要についてはどうですか。
吉原 小ロットで不定期な法人需要の取り込みに注力します。大手のリネンサプライ会社は、大量かつ定期的な案件を好みます。一方で、街の個人店は高齢化による廃業が進み、小規模な法人案件の受け皿がない状況です。
当社は工場機能と物流網を活かし、こうした「小回りの利く対応」を求める法人ニーズに応えます。ユニフォームや事務服など、地域密着型のサービスが衰退するなかで、当社の役割はさらに高まると考えています。
承継社長に必要な「右腕」をどう見つけるか?
── 事業承継を控える人にアドバイスをするとしたら、どんなことを伝えますか?
吉原 私は父が亡くなってから急に継承したため、準備をする余裕がまったくありませんでした。多くの場合は先代が存命のうちに引き継ぎますが、そこには特有の難しさもあるはずです。先代が会長として残ると、どうしても現社長の判断に影響を与えてしまいます。
大切なのは、自分が全責任を持って判断できる環境を自らつくることです。先代への敬意は持ちつつも、新しい時代の経営は自分の責任で行うという覚悟が必要です。そのためには、早い段階で自分の「右腕」となるブレーンを見つけることが重要になります。
── 吉原社長にとっての「右腕」は、どのような存在でしょうか?
吉原 単なる役職者ではなく、本気で会社を変えたいという思いを共有できるパートナーです。創業者の場合は志を共にする仲間と立ち上げますが、承継者の場合は既存の組織の中でそれを見つけなければなりません。私自身、本当の意味で信頼できる右腕に出会えたのは、ここ数年のことです。
右腕となる存在がいれば、経営者の孤独は和らぎ、改革のスピードは飛躍的に上がります。異業種の経営者仲間との交流も、客観的な視点を持つために極めて有効です。私自身、EO(起業家機構)などの活動を通じて、多くの気づきやヒントをもらっています。
── クリーニング業界の未来を、どのように見据えていますか?
吉原 人口減少により、市場全体が縮小するのは避けられません。しかし、ITを活用した効率化やリユース市場との融合など、可能性もあります。クリーニングを単なる「洗濯屋」ではなく、人々の生活を支えるインフラへと進化させたいと考えています。
伝統的な職人技を守りながら、最新のテクノロジーで利便性を追求する。この両輪を回し続けることで、次の世代にも誇れる事業を築きます。
- 氏名
- 吉原保(よしはら たもつ)
- 社名
- 株式会社ヨシハラシステムズ
- 役職
- 代表取締役社長

