本記事は、近藤 雅斗氏の著書『エンタメビジネスの不都合な事実』(フォレスト出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

エンタメビジネスの不都合な事実
(画像=Zargham/stock.adobe.com)

作品を化けさせる「余白の時間」

「無駄」という言葉をもう少し広げて考えると、「余白」とも呼ぶことができます。
効率を極めるほど、スケジュールやリソースはギリギリに詰め込まれ、余白がなくなっていきますよね。
けれども、創造において本当に大切なのは、その空白の時間です。余白こそが、新しい発想や偶然の発見を生み出す土壌になります。これは出版でも、ゲームでも、音楽でも、あらゆる創作の現場に共通する真理だと思います。

私自身、編集者として多くの新人作家の方々を見てきました。
彼らが最初にぶつかる壁は、単に「時間が足りない」ということではありません。
むしろ、締め切りに追われて考える余白がなくなってしまうことです。
小説や漫画の世界では、作品を寝かせる時間がとても重要です。書いてすぐには見えなかった違和感が数日後にふと浮かんできて、そこで初めて「本当に伝えたいこと」が輪郭を持ちはじめます。一般的には無駄とされる時間や寄り道が、作品を化けさせるきっかけになります。
そのため、私が新人作家の方々と向き合うときに意識しているのは、原稿を完成させるスピードではなく、「一度離れて冷静に読み返す余裕を持たせること」です。
そうでないと作品はただ整っているというだけで深みが出ないからです。

出版の現場には、「初稿で一度突き抜けさせて、二稿で削ぐ」という言葉があります。最初から整えるのではなく、一度はやりすぎるくらいに出し切ります。
そうして時間をおいて見直すことで、ようやく本当の輪郭が見えてきます。つまり、余白とはスケジュールの隙間だけでなく、作り手の思考を深めるために必要な時間でもあるといえるでしょう。

ゲーム開発の現場でも同じことがいえます。
任天堂の宮本茂氏が「遅れているゲームは、いずれは良いものになる。だが、急いで作られたゲームは、永遠に悪いままだ」と語ったのは有名な話ですが、この言葉の背景には余白の哲学があると考えています。
2023年発表の『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム※1』の開発でも、任天堂は「延期」を恐れませんでした。ユーザーが求める水準に達するまで、発売を1年以上先送りしたのです。
※1 2017年に発売された『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の続編。前作の広大な世界に加え、空や地底へと舞台を広げ、右手の能力を駆使して物体を自由に接着し、自分だけの乗り物や武器を自作できるなど、圧倒的な自由度が最大の特徴。
結果として、2023年に世界的ヒットに至りました。開発者インタビューでは、「時間をかけて検証したからこそ、想定外の遊び方に耐えられるシステムになった」とありました。つまり、余白を守ったからこそ、遊びの自由度が生まれたということです。

このプロセスを「非効率」と言って切り捨ててしまうと、作品は表面的な完成度だけを追うようになります。完成を急がないという決断ができるか否かで、ヒットが生まれるか否かが決まると言っても過言はないでしょう。

エンタメビジネスの不都合な事実
近藤 雅斗(こんどう・ひろと)
株式会社BookBase代表取締役社長/ダンガン文庫編集長。20歳から起業家として活動。現在は「出版から日本のコンテンツ業界を再構築する」をミッションに次世代出版社BookBaseを経営している。ラノベを愛する編集者で、ダンガン文庫を設立する。アニメ、動画配信、ゲームビジネスなどにも詳しく、Xでは「オタクペンギン(社長)」名義でさまざまなエンタメの業界事情を発信している。

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