本記事は、大神 千穂氏の著書『小さな会社の「人材育成」はなぜやりきれないのか』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。

小さな会社の「人材育成」はなぜやりきれないのか
(画像=78art/stock.adobe.com)

社長の頭の中には評価の基準がある

社長の特技、“精密などんぶり勘定”

小さな会社の社員のモチベーションを大きく左右するのは、不公平感です。
小さな所帯だからこそ、他の社員の給与や賞与が気になります。同じような仕事をしている社員の給与が自分より高ければ、それはモチベーションが下がります。自分のほうが会社に貢献している自覚があれば、なおさらです。
小さな会社ほど、公平な評価と報酬は成長意欲を維持する重要なポイントになります。そのために必要なのが、評価と報酬の基準。しかし、小さな会社でその基準が明確になっている会社は少なく、多くの会社は社長の頭の中にあります。

評価制度の相談を受けるとき、社長から「どうやって評価したらいいのか、給与をどう決めたらいいのかわからない」と言われることがよくあります。
しかし、「わからない」と言いながら、毎年4月になれば「今年はいくらにしようかな」と頭を悩ませながら社員の給与を決めているし、賞与の時期が来れば「今期は頑張ってくれたからな」とやはり決めています。
どうやって決めているのでしょうか。
それは、社長の頭の中に“評価と報酬”の基準があるからです。
それを、小川は「精密などんぶり勘定」と呼んでいます(『小さな会社の「仕組み化」はなぜやりきれないのか』アスコム刊参照)。“精密”と言っているのは、成長考課制度が完成したときに計算される給与と、それまでの給与がだいたい合っているからです。
小さな会社の待遇がなんとなくバランスがとれていて、経営がうまくいっているのは、社長に“精密などんぶり勘定”という特技があるからなのです。
ただし、相談を受けた段階では言語化されていないため、私が「Aさんは今年から給与が30万円から35万円になっていますがどうしてですか?」と尋ねても、「Aは頑張ったからね」と、あいまいな答えしか返ってきません。
しかし、細かく聞いていくと、5万円昇給の根拠はあるのです。
「頑張ったとは、Aさんは何を頑張ったのですか?」
「ほら、売上が倍になっているでしょ」
「でも、Bさんも倍になっていますが、2万円しか上がっていませんよ」
「いやAは、この案件とこの案件を決めてきたんですよ」
「あっ、Aさんは大型案件を決めてきたんですね」

社長の中では、売上総額が同じでも、大型案件を決める人のほうが評価は高いのです。このように、どうしてこの給与、賞与にしたのか聞いていくと、社長の評価の基準がわかります。
そして、その評価の軸になっているのは感覚的なものではなく、社長が掲げる「理念」や「ビジョン」であり、社長が描く未来の会社の姿です。だから、たとえ目先の売上が上がったとしても、お客さまの信頼を失ってしまうような売上なら評価が低くなるのです。あなたも、思い当たることはありませんか?
その洗い出し作業が、評価と報酬の言語化でもあるのです。

社員数が30人を超えると、“精密などんぶり勘定”もブレる

しかし、“精密などんぶり勘定”も、社員数が少しずつ増えてくると、待遇にバラツキが出てくるようになります。
理由のひとつは、社長の目が届かない人が出てくるからです。営業社員のように成果を数値化できる人はいいのですが、数値化できない事務系のスタッフはどう評価していいのかわからなくなります。
経営やマネジメントのやり方が限界を迎える現象として、「30人の壁」といわれますが、社長の目が全員に届くのは10〜20人くらいまでなのです。

もうひとつの理由は、社長と現場の社員の間にマネージャーという存在が配置されるようになると、評価の基準がバラけてくるからです。
マネージャーの評価のズレを修正する社長もいますが、信頼しているだけに、マネージャーの評価をそのまま採用する社長もいます。マネージャーが複数になると、それだけブレが大きくなるということです。
小さな会社で、総務や経理の人がよく辞めるといわれるのは、そのブレ具合が良く見えるポジションだからです。不公平と感じれば、退職の引き金になります。

小さな会社の特徴である社長と社員の距離の近さから、バラツキが生まれることもあります。
小さな会社の社長は、どうしても社員に対する情が強くなりがちです。社員思いの社長が悪いというわけではありません。社員それぞれの事情に寄り添いすぎて、給与や賞与にちょっとした配慮を加えるのが問題なのです。
もちろん社長は会社の経営状態を見たうえでの配慮でしょうが、同じ仕事をしている隣の人が自分よりわずかでも給与が高ければ、不平不満のタネになります。

同じ仕事なら、同じ給与になるのが当たり前

こうしたバラツキをなくすのが、評価と報酬の言語化です。
評価と報酬の基準が明確になれば、それに沿って評価されることになるため、処遇のバラツキはなくなります。また、小さな会社でありがちな、今いる社員と中途で入ってきた人の給与格差も解消できます。

よくあるのが、前職が年収500万円だったから、うちの会社でも500万円という安易な給与設定です。500万円に根拠はなく、もし新たに入社してくる人と同じ仕事をしている人の給与が低いとしたら、その社員のモチベーションは一気に下がるでしょう。
仮に、その社員から「あの人の給与が高いのはどうしてですか?」と聞かれたら、今のあなたは答えられますか? 言語化できていれば答えられるし、不平不満のタネが生まれることはありません。まったく同じ評価なら、同じ給与になるからです。

成長考課制度を導入した後に、社歴の長い社員が小川にこんな愚痴を漏らしたそうです。
「昔は、社長に言えば、給料がどんどん上がったのでよかった。でも成長考課制度が導入されてからは、なかなか上がらなくなりましたね」
成長考課制度を導入する以前のHOPグループは、「これだけ売ったら、これだけあげるよ」という、まさにどんぶり勘定でした。そういう時代を知っている人には、きちんと評価される仕組みの中で働くのは少し窮屈かもしれません。
しかし、それが、人が育つ会社の正しい評価と給与なのです。

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大神 千穂(おおがみ・ちほ)
株式会社ワンストップHOP取締役。一般社団法人成長企業研究会理事。一般社団法人相続診断協会相続診断士アンバサダー。相続診断士。
静岡県出身。東北福祉大学社会福祉学部福祉心理学科を卒業後、高校教員、一般企業勤務を経て独立。2010年よりこども教育事業、2015年より人材育成事業に携わる。
2018年1月より、HOPグループにて組織変革を担当。2020年には同グループにて成長企業診断®サービスをリリースし、組織開発コンサルティング部門を設立。同年、一般社団法人成長企業研究会の理事に就任。現在はHOPグループ取締役として、人が入れ替わる現実を受け止めつつも、一人ひとりの可能性を引き出し、組織全体のパフォーマンスを最大化する経営の仕組みづくりを支援。採用・人材育成・事業承継といった中小企業の経営課題に伴走している。
2023年、『小さな会社の「仕組み化」はなぜやりきれないのか』(小川実著、アスコム刊)の企画・監修。
趣味はピラティスとゴルフ。2匹の愛犬(ミニチュアダックス)とともに暮らす。

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