ワコム <6727> はペン型のインターフェースを使ってコンピューターに絵を書くことができるペンタブレット。その市場で圧倒的な支持を得ており、実に世界シェア8割を占める。価格比較サイトをみても、ワコムの製品ばかりだ。

ワコムは1984年に世界初のコードレス型ペンタブレットを発売。1990年には米ウォルトディズニー社から協力を求められ、映画製作に必要な性能を実現していった。それからも多くのプロのクリエイターの要求に答えるべく、次々と性能を高めていった。

それまでペンタブレットはデザイナーなど、クリエイターのプロが主に使用しており、市場規模もそれほど大きくなかった。しかし2010年に米アップル社がiPadを発売し、世界でタブレット型端末が普及するのと合わせるように、ワコムの売上も伸びていった。

売上高は2010年3月期の320億円から2014年3月期には786億円にまで増えている。プロの要求に応えて研鑽してきた技術が、端末の普及によって一気に花開いたのだ。

ワコムの一番の強みは、ペンタブレットに集中特化し、世界トップクラスのクリエイターの要求にも応えられる技術力にある。そしてもうひとつ、注目すべき成功要因が、積極的な知的財産戦略だ。

徹底した特許戦略がシェア独占に

ワコムの製品が圧倒的な支持を得ている最大理由が、電池もコードも必要としない「ペン」にある。他の競合製品を見渡しても、このような性能をもつペンの製品は少ない。特長となる技術は、特許を盾に絶対に守らないといけない。ペンタブレット市場そのものがさほど大きくないからだ。

世界8割のシェアでやっと約786億円の売上高と、約60億円の営業利益を稼ぐことができている市場だ。もし安価な模倣品を見逃してシェアを奪われてしまえば、これまで蓄積したノウハウも技術開発もすべて水泡に帰し、ワコムの経営はたちまち窮地に立たされてしまう。

市場拡大を優先させるために模倣品を見逃したり、クロスライセンスによる共存は、潜在的な市場規模の桁がもう1つか2つ大きくなければできない戦略なのだ。
実際、ワコムの知的財産侵害に対しての対応は徹底している。技術に関しては、積極的に特許を取得し、類似技術につけいる隙を与えていない。また体系的に特許出願することで重要な特許が効力を失っても、技術を守れるようにポートフォリオを積み上げている。

技術に関する知的侵害ばかりではなく、外観などに関わる意匠権の侵害にも目を光らせている。2011年には、台湾メーカーが発売したペンタブレットの外観がワコムの製品に酷似していると意匠権侵害訴訟を起こし、販売停止に追い込むことに成功した。

しかし、確かにワコムの強さはプロの要求に応えてきた技術力と、それを守る知的財産戦略にあるが、これからもこの戦略が通用するかどうかは未知数だ。

次の狙いはクラウドでの優位性

ワコムは、今後の経営方針にモバイルとクラウドへの対応を据えている。あらゆるコンピューターやディスプレイがあふれる現代社会、ワコムもその流れを踏まえ、2015年のCESにおいて、ハードウェアの制限を気にすることなく、手書きで入力したデータが使える「WILL」という構想を打ち出した。

クラウドの世界はさまざまなデバイスがつながることが前提のため、用いられる技術は標準化され、だれでも使える。もちろんクラウドの世界でも知的財産は尊重されるが、ごく一部のデバイスのみしか対応できない技術は生き残れずに、淘汰されてしまう。

このようなクラウドの世界で、ワコムがどのように技術を守って、成長していくのか。CESでのワコム説明員によると、業界標準は目指さず、気づけば自然と「WILL」が業界の標準となっているような状況を目指すという。すなわち、圧倒的なペンタブレットの支持とシェアをテコに、クラウドの業界標準を手書きデータにしようという狙いらしい。

これは確かに理にかなっている。標準化団体などで標準化を進めた場合、自社が保有する技術も公開・供与しなければならない可能性がある。そうなれば、これまで守ってきた知的財産の価値が低下してしまう。現在のシェアをもとに、業界標準を狙う戦略は当然だろう。

しかし、懸念もある。ペンタブレットの市場規模は数百億円程度だ。パソコン向けCPUが数百億ドルの市場規模であるのと比べると非常に小さい。そしてクラウドの標準は、こういう規模の大きいプラットフォームの都合で決まることが多い。

現在、ペンタブレット市場で無双の強さを誇るワコムが、クラウドで生き残るために、どのような戦略をとるのか注目したい。(ZUU online 編集部)