経済成長は必要だ。人は現状より豊かな生活をおくりたいという向上精神を持っている。経済成長があるということは、向上精神により自らが豊かになることが、他者を貧しくすることにはならない良い状態である。経済成長がないということは、向上精神により自らが豊かになることは、他者を貧しくすることになる悪い状態である。

特に、経済成長がないという状態は、まだ持たざる者である若年層にとって深刻な問題だ。成長がない社会で若年層が豊かになるためには、職や所得を上の世代から奪いとらなければならない。もちろん若年層にそのような力はなく、若年層がしっかりとした職や所得を得てラーニングカーブを登るという経済の生産性が向上する基本中の基本が失われてしまう。

若年層がラーニングカーブを登った頂点が前世代の頂点より継続的に高くなることが、生産性の持続的な向上の源である。この好循環を持続するには、成長を止めず、若年層に失敗を恐れず挑戦をするチャンスを与えることが必要だ。

逆に、成長がなく、若年層にチャンスを与えることが困難になると、ラーニングカーブの頂点が継続的に高くならない。そうなると、若年層が勤勉に働き、失敗を恐れずリスクをとって挑戦することができなくなってしまい、ラーニングカーブの頂点は更に低くなり、それで更にリスクをとらなくなるという悪循環に陥ってしまう。

成長が必要ないという議論は、一見すると平等と安定を求める意見のように聞こえるが、実際には成長がなくても苦しくはない既に持っている者の強者の論理であると言える。確かに、既に職や所得をもっている人々は、経済が成長しなくても有利なポジションにしばらくは立っていられるので切迫感はない。

しかし、持たざる人々はリスクがとれない、向上が見込めない苦しい生活が続くことになってしまう。成長がなく、豊かになることがシェアを奪い合う「万人の万人に対する闘争」になるという状態が永く続けば、社会がひずんでいき、不平等はより大きくなり、犯罪や暴動などの社会問題が大きくなるリスクがある。

成長を維持することは、社会の安定のため、そして意欲とチャレンジ精神がイノベーションと生産性の向上につながりやすくするために重要である。成長は、リスクに見合ったリターンを得られる安定した社会を作るためにも必要不可欠である。

会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト