「申酉荒れて戍亥の大凪」そんな相場格言があるが、年初からの下落がまさかここまで酷いものとは誰も想像しなかった。2月12日まで昨年の大納会から28営業日、日経平均株価は21.3%という大幅下落となった。そうした状況で「日経平均リンク債」が次々とノックインしたことが話題になっている。なかには「日経平均リンク債はとんでもないリスクの高い商品だ」といった記事まであるが、そもそもどのような金融商品なのか。それほどまでに酷い金融商品なのだろうか。

「畜生!こっちも漬かっちまった」悪夢の2月12日

2月12日ーーこの日は悪夢のような一日だった。前日の建国記念の日は、春を思わせる暖かな陽射しが日本中を包んでいた。だが、ロンドンのマーケットが開いた時に悪夢は始まる。外為市場で猛烈な円買いが始まったのだ。ドルは一時110円台まで売りこまれた。欧米の株価は大幅安を付け、その流れは翌日の東京にも持ち込まれた。もはや、誰も株安の勢いを止めることはできなかった。

すでにシカゴの日経平均先物は大幅安を付けていたので、この日の日経平均株価の下落は想像出来た。それでも、私が勤務する銀行では皆、9時の寄り付きを見守っていた。スウェーデン輸出信用銀行、ドイツ復興金融公庫、そして国際金融公社それぞれの発行体の日経平均リンク債が次々とノックインしていった。「畜生!こっちも漬かっちまった」あちこちでそんな言葉がつぶやかれ、皆が顧客への連絡のため電話をかけ始めた。何事も無ければ、女子行員が配る手はずだった義理チョコはオフィスの片隅に置かれたままで、バレンタインデーの恒例行事などどうでも良くなっていた。

私の職場では、多くの日経平均リンク債を販売している。私自身も日経平均リンク債を少なからず販売した。幸い私が販売した日経平均リンク債は、今回ノックインすることは無かったものの、それでも多くのお客様が不安を感じ、その対応に追われることとなった。

一部のマスコミ報道によると、同様の商品の元本割れは7年ぶりとのこと。しかし、私の銀行では初めてのことであった。それだけにお客様以上に行員が受けたショックは大きかった。

ダメ銀行員ほど「日経平均リンク債」を販売したがるワケ

日経平均リンク債の手数料は公開されていない。高い手数料目当てに金融機関が積極的に販売していると言われるが、販売現場の最前線で私が感じることとメディアで報じらる内容には少し差がある。

実は日経平均リンク債を好んで販売する銀行員はスキルの低い「ダメ銀行員」が多い。日経平均リンク債の販売で得られる手数料は投資信託や生命保険で得られる手数料と比較すると意外なほど安い。にもかかわらず、なぜ彼らダメ銀行員がこの商品を好んで売るのか。早期償還という制度に秘密がある。

日経平均が順調に上昇すれば、日経リンク債は満期を待たずに早期償還される。リーマンショック以降、日経平均は順調に右肩上がりを続けてきた。勿論、何度も調整はあったが基本的には上昇トレンドが続いていた。だから、7年ぶりのノックインがこれほどまでに注目されるのだ。

メディアではあまり取り上げられていないが、これまで日経平均リンク債は早期償還が常態化していたのだ。本来であれば、早期償還されることは投資家にとっては不利益のはずだが、なぜか日経平均リンク債を買う投資家は早期償還を喜ぶ。そして、多くの人が再び同様の日経平均リンク債を購入する傾向がある。こうした顧客をある程度抱え込んでいれば、定期的に収益を確保できることになるのだ。メディアでは語られない、これこそ銀行員が日経リンク債を販売したがる本当の理由である。

「日経平均リンク債」の本質を理解できないダメ銀行員

日経平均リンク債には、日経平均のプットオプションの売りが組み込まれていることを知る銀行員は意外と少ない。投資家も銀行員も高利回りの債券を買ったと思い込んでいるが、実はプットの売りを購入してプレミアムを得ているに過ぎない。プットオプションの売りとは、売る権利を売ること。つまり投資家は、プットオプションの買い手が日経平均を売る権利を行使した場合には、あらかじめ決めた権利行使価格で買う義務を負っているのだ。

逆に運用サイドはプットの買いで投資家に対応する。そして、このプットの買いポジションに見合った量を先物で買いヘッジする。この手法はデルタヘッジと呼ばれ、株価がノックイン価格から放れた位置にあれば少ないヘッジで済むが、ノックイン価格に接近するとオプションの発生確率が高まるため、ヘッジ量を増やさなければならない。こうして、日経平均が下がるにつれ運用サイドはデルタヘッジの先物買いを積み上げる。それに対し投機筋はノックインを狙い先物の売りを仕掛けるのだ。

投機筋は何故ノックインを狙うのか。ノックインにした瞬間にオプションが発生し、ヘッジは不要となる。ノックイン価格1万5000円のリンク債なら、日経平均が1万5000円になった瞬間、このリンク債を購入した投資家は損失を負う。逆に運用サイドはプットの買いポジションを持っていることで利益が出る。ヘッジが不要なった大量の先物買いは成り行きで処分されるため、株価の下げを加速させる要因になるというカラクリだ。売り方はノックインに伴うデルタヘッジの先物が処分売りされるのを狙っているわけだ。

私は日経平均リンク債が本当に酷い商品であるとは思わない。プットを売ってプレミアムを得ているだけのことである。「株価変動は大きくない」そう思っている投資家には実に相応しい金融商品である。しかし、日経平均リンク債を「利回りの高い金融商品」と思い込んでいるダメ銀行員が実はたくさんいるのも事実だ。これはリーマンショック後の上昇相場の副作用なのかも知れない。(或る銀行員)

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