外挿バイアスの回避
(写真=ニッセイ基礎研究所)

何かの活動の計画を立案する際、まず、将来の環境変化の見通しを立てることは欠かせない。

例えば、企業が立てる事業計画では、まず5年や、10年といった期間における将来の経営環境の変化を予測する。それを踏まえて、中長期的な経営目標を設定して、その実現に向けた経営計画を立てる。その上で、毎年度の到達目標を設定して、その実現に向けて、年度計画を立案する。このように、将来の環境変化の見通しを立てることが、計画立案の第一歩となっている。

特に、生命保険業は、長期間に渡る保障事業を行うことで知られている。一般的な事業では、10年というのは、長期と位置づけられることが多い。しかし、生命保険業では、10年や20年に渡る保障は当たり前で、被保険者の一生涯に渡る保障も珍しくはない。保険商品が長期間の保障を取り扱うため、保険事業も、長期間を見据えたものとなる。

そこで、問題となるのが、遠い将来の経営環境をどのように想定するか、という点である。ここで、一口に、経営環境と言っても、数多くのものがある。

例えば、資産運用の前提となる、将来の金利、株価、為替等の見通し。保険金や給付金の支払につながる、将来の死亡率や入院率、手術率等の動向。経営全般の前提となる、国の経済成長率や、物価等の経済指標。出生率・高齢化率等の人口動態指標。その他、巨大地震や超大型台風等による、大災害の発生リスクなどである。

実際には、10年以上先のことを、高い蓋然性をもって見通すことは困難だ。そこで、せめて今後10年間くらいは、確度の高い見通しを持ちたいと考えることが多い。指標によっては、研究機関や専門家が、一定の見通しを公表しているものもある。一方、全く、見通しが示されていないものもある。

例えば、将来の高齢者の入院率や手術率などは、見通しが立ちにくい。入院や手術を要する高齢患者の出現、医療技術の発展、地域医療をはじめとする医療政策の動向、新たな病気の蔓延の可能性等、様々な要因に左右されるためだ。このように、将来の見通しが立ちにくい場合、「これまでに発生したトレンドが、今後も続くだろう」と、トレンドを延長する方法がとられることが多い。

しかし、このトレンドを延長する方法は、行動経済学でいう「外挿バイアス」という問題を引き起こす恐れがある。ここで、外挿というのは、ある既知の数値データを基にして、そのデータの範囲の外側で予想される数値を求めることを指しており、データ解析の専門用語である。

外挿バイアスとは、将来予測の際に、過度に、現在までのトレンドに依存することを指す。例えば、「2度あることは、3度ある」というような、慎重さを欠いた予測を行うことが、これに該当する。一般に、予測を行う担当者は、「糸口が何もないのだから、とりあえず、単純に、いまのトレンドを引き伸ばすしかない」と考えがちとなり、外挿バイアスの状態に陥ることが多い。

これまでのトレンドを延長するということは、トレンドの現状を維持する、ということだ。実は、この現状維持という考え方は、とても魅力的で、説得力がある。例えば、担当者は、「他に検討要素がないので、現状のまま、予測を進めます」と説明すれば、上司や、周囲の理解を得やすいだろう。

その上、自分自身への言い訳としても、都合が良い。もし後で、実際の状況が、従来のトレンドとは違ったと判明しても、「あの時点では、このことは検討要素になかったのだから、想定外だ。仕方がない。」と、言い訳ができる。逆に、もし、これまでのトレンドと違う見通しを立てて、それが外れたら、「なんでこんな無茶な見通しを立ててしまったのか。」と、後悔することになるかもしれない。

スポーツの世界では、このことは、「ホットハンドの誤謬(ごびゅう)」という行動経済学の専門用語で表される。ホットハンドとは、ツキがあって、好調な状態を意味する。この誤謬は、好調な選手は好調を持続するが、不調になると不調から脱しにくい、と考えられやすいことを表している。

例えば、野球では、ある打者が、好調時に毎試合、連続してヒットを打ったかと思えば、突如、原因不明のスランプに陥って、何十打席も凡退が続く、といったことがある。バスケットボールでも、毎試合、何十本ものシュートを決めていた選手が、突然、シュートが入らなくなることがある。これらの選手達は、ホットハンドの誤謬に陥っているのかもしれない。

それでは、外挿バイアスを避けるにはどうしたらよいか。簡単なことではないが、真摯な態度で、将来の環境変化につながりそうな、現在の微小な動きを、見極めていくことが必要となろう。

また、一度、将来予測を立てたからと言って、それにあまり固執すべきではない。定期的に、過去に立てた予測と、現在までに判明した実績の比較を、行うべきと思われる。そして、それに従って、柔軟に、予測の内容を修正していくことを、考えるべきであろう。

将来の環境変化の予測にあたり、ともすれば、現状維持の外挿バイアスが、幅を利かせかねない。「どうせ、将来のことなど、わからない」という、投げやりな態度ではなく、真摯かつ柔軟な態度で、現在生じている変化の萌芽を感じとろうとする姿勢が、欠かせないと思われるが、いかがだろうか。

篠原 也(しのはら たくや)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

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