書店に寄ったある日、酒井順子さんが上梓された『子の無い人生』(角川書店)が目に入った。酒井順子さんは、12年前の2004年に『負け犬の遠吠え』(講談社)を刊行し、自身のような「30代以上、未婚、未出産」の女性を刺激的に「負け犬」と称し、大きな話題となった。この本はいわゆる「負け犬」に対して自虐的に評しているわけではなく、独身女性に親身なエールを送っていることが評価されたという。
その後酒井さんは未婚を続け、今回「結婚をしても『子どもを産まない』という選択肢を選んだ夫婦」を取材し、「子の無い人生」の出版に至った。
DINKSを定義することの難しさ
筆者が先日聞かれた体験談で面白い話がある。「工藤さんはDINKSですか?」と聞かれ、私は一瞬答えに迷った。それはDINKSの「定義」によるためだ。
DINKSの定義のなかに「意識的に子どもを持たない」という解釈があるようだが、「うちは絶対に子どもを持たない!」と宣言して歩いている夫婦は少ないのではと思う。いわゆる「妊活」をしている夫婦は確実にDINKSには含まれない。その一方で、「考えていないわけではないが、当面は男女それぞれのキャリアや貯蓄、旅行などの娯楽を優先させたい」という意識の夫婦は相当数いるのではないだろうか。それを踏まえて、DINKSかどうか定義をするのはとても難しい。
DINKSの立ち位置を「変えた言葉」
子を持たない夫婦のあいだで最近話題にあがったのが、今年3月、『FRaU』(講談社)に掲載された女優、山口智子さんのインタビューだ。山口さんは俳優の唐沢寿明さんと1995年に結婚し、現在結婚21年目。同雑誌のなかで山口さんは「仕事を頑張りたいから産まないのではなく、ただ自分は産まない。夫としっかり向き合って、二人の関係を築いていく人生は、本当に幸せです」と述べている。
酒井順子さんが12年前の著書で示した「負け犬」の定義に、DINKSは含まれていない。ただ実際の書籍を購入した読者のなかにはDINKSも多く、「どこか後ろめたく暮らしていたが、この本に勇気を貰った」という声も多かったようだ。酒井さんが口火を切ったDINKSの「市民権」は、生活の多様化を尊重する12年のあいだで磨かれ、何かきっかけを欲していたところに、今回の山口智子さんの言葉があったと推察する。
DINKSと年金の関係
さすがに最近は子どもの有無に対してデリカシーを持った発言が増え、あからさまに「なぜ子どもいないの?」と言われることはなくなってきた。それでも「なぜDINKSなのですか」と問われることは未だよくある。山口さんの言葉に大きな称賛が寄せられたところを見ると、「負け犬の遠吠え」から12年のあいだで、DINKSをめぐる環境が変遷していることに気がつくだろう。
DINKSを潜在的に揶揄するような話になり易いのが「公的年金」だ。わが国では公的年金の運用に「賦課方式」を採用している。賦課方式とは、現在の労働世代が高齢者世代の支給年金分を負担し、労働制代が将来的に高齢者世代になったときには、当時の労働者世代に支給年金を負担して貰おう、という考え方のことだ。
繰り返しになるが、最近のデリカシー意識の高まりにより、「あなたは誰が払う年金を貰うの」という発言はもちろん、示唆した考えは大変な非難を呼ぶだろう。子どもは「年金保険料を納付」するために産むのでは決してない。DINKSに対する意識は決して遠慮するものではなく、DINKSの方から考えても、決して後ろめたくなる問題ではない。
DINKSをめぐる変遷。価値観とこの国のゆくえをみながら、考えていくことが大切といえるだろう。先行してこのような状況になった国がないだけ、その作業は長期的でとても難解な作業だと思うが、ぜひ成功モデルのひとつを作るという心意気で進めたいものである。
工藤 崇 FP事務所MYS(マイス)代表
1982年北海道生まれ。北海学園大学法学部卒業後上京し、資格試験予備校、不動産会社、建築会社を経てFP事務所MYS(マイス)設立、代表に就任。雑誌寄稿、WEBコラムを中心とした執筆活動、個人コンサルを幅広く手掛ける。ファイナンシャルプランナー