市場や経済の不確実性が高まる中、どのように投資すれば利潤を増大させることができるか。世界中の個人投資家たちが、過去50年の投資で莫大なリターンを生み出してきた「投資の神様」こと、米保険・投資会社バークシャー・ハサウェイの最高経営責任者(CEO)兼会長、ウォーレン・バフェット氏の助言を一言一言かみしめ、バフェット氏の成功を自らの投資で再現しようとしている。
バフェット氏を真似ても「ムダ」
だが、そのような努力はムダだとする、衝撃の著書が米国で注目を浴びている。シカゴ大学のハロルド・ポラック教授などが1月に上梓したビジネス書『ジ・インデックス・カード』の中でポラック教授は一般投資家に対し、「私たちはバフェット氏ではないのだから、彼の投資手法を真似しても同じ結果は得られない」と説く。出版後数か月で、じわじわと浸透を始めている。
ポラック教授は、個人投資家が成功するには、後に紹介する簡単な原則を守ればよいだけだと断言する。そのひとつが、「個別企業の株式に投資すべからず」であり、個別企業に大型投資をしてもうけるバフェット氏を真似た一般投資家が失敗する落とし穴だというのだ。
ポラック教授は、バフェット氏の手法を否定しているわけではない。むしろ、その驚くべき効率性や成功率の高さを認めている。ただ一般投資家は、バフェット氏のようにセンシティブな投資対象の内部情報を持っておらず、投資のスケールメリットがあまりにも違い過ぎ、バフェット氏が超大物であるがゆえに投資先から受ける特別待遇も享受できないため、同じレベルの収益は望めないと諭すのだ。
ポラック教授の主張
教授は米公共ラジオ局PBSの取材に応じ、こう述べている。
「私たちはバフェット氏ではないんです。事実、バフェット氏自身が彼の子供たちに、『お前たちは、私ではないのだよ。私が遺す遺産は、個別企業に投資する私を真似ないで、優良株の組み合わせファンドに投資しなさい』と教えていると言います」。
「重要な点は、バフェット氏が数百億ドルの資産を持っており、一般人が接することはできない投資対象の内部情報や、投資に使える巨額の元手を持っていること。さらに、バフェット氏が『バフェット氏』であるがゆえに、投資先が彼のパートナーになることを希望し、彼に圧倒的に有利な条件を与えて投資してもらうわけです。バフェット氏から投資対象に選んでもらったというのは、それだけで会社の評判が上がりますからね」。
「ですから、私やあなたなどの一般投資家がバフェット氏の投資手法を真似しようとするのは、そもそも無理なんです。彼は、根源的にレベルの違う情報と手段を持っているわけですから。バフェット氏を真似て億万長者になろうという夢は、捨てなければなりません」。
ポラック教授はさらに、バフェット氏と似て非なる個別企業への投資手法も真似るべきではないとして、こう続ける。
「経済専門局CNBCの名物アドバイザーであるジム・クレイマー氏が番組の中で特定の企業への株式投資を推奨すると、その株が大きく上げるんです。でも、大概の場合、しばらくして大きく下げる。クレイマー氏の価値は、彼のフォロワーたちが、彼が番組で推した株を買うところにあります。根本的な企業価値には関係ないんです」。
「シカゴ大学で私の同僚である、アメリカ経済学会会長のリチャード・セイラー教授は、『株式投資で成功したいなら、経済専門局の番組を観るより、スポーツ専門局のESPNを観ているほうがよい』と言ったことがあります。スポーツ・ジャーナリズムの世界では、仮説が間違っていればすぐ拒絶される基準の高さがありますが、投資の世界は、そうではないからです」。
一般投資家が成功する秘訣「8ヵ条」
個人投資家がバフェット氏の投資手法を真似ることができないとするなら、どのような代替のやり方が、投資の成功を生み出すのだろうか。ポラック教授は、小さなメモ用カードに書き込めるだけの、いくつかの原則に従うだけで十分だとする(著書『ジ・インデックス・カード』の題名は、ここに由来する)。箇条書きにすると、以下のようになる。
・収入の10%から20%を貯蓄に回せ
・クレジットカードの残高は、(リボ払いを避けて)毎月完済せよ
・勤務先の退職プランを使い倒せ
・個別企業の株式に投資すべからず。代わりに、投資先を多様化させた優良株の組み合わせファンドに投資せよ
・自らの利益よりも顧客の利益を優先させる義務(受託者責任)を守るファイナンシャルプランナーを使え。
・持ち家を買う準備ができたら、すぐに買え
・充分な補償の付いた保険商品を買え
・社会的セーフティーネットに寄付をして、他人を助けよ
バフェット氏の持つ才覚も情報も財産もない一般投資家は、堅実に投資していくほかない、というのがポラック教授の結論だ。特に、「個別企業ではなく、優良株の組み合わせファンドに投資せよ」という項目は、バフェット氏自身の教えであるため、バフェット氏もうなずきそうだ。(在米ジャーナリスト 岩田太郎)