5〜6年前なら中国は「喫煙者天国」だった。禁煙の場所などどこにもない。一流ホテルや、ビジネスビルのトイレにも、個室ごとに灰皿が備えつけられていた。愛煙家にとってここでの一服は至福の時間であった。

それが大都市を中心に禁煙スペースが増殖し始め、禁煙結婚式まで登場した。日本同様、喫煙者の肩身は急に狭くなっている。

喫煙者データ

国家衛生計画委員会は2015年6月30日の記者会見で「中国居民栄養及び慢性病状況報告」を発表し、その中で喫煙の状況に触れた。

それによると中国の喫煙者数は3億人を超えている。15歳以上の喫煙率は28.1%だが、男性に限れば52.9%となり過半数を超える。

続いて同年12月28日には、中国疾病予防コントロールセンターがデータを発表している。成人喫煙率27.7%、成人男性52.1%とほぼ同様のな数値だが、ここでは5年前の2010年比で1500万人増え、3億1600万人となったことを強調していた。

これは全国1万5095人のサンプル調査から推計したデータのようだ。

しかしどうも地方に偏っているのではないか。喫煙者増加も誤差の範囲内だろう。大都市の白衿(ホワイトカラー)では、禁煙する人が増え、どう見ても成人男子の喫煙率は50%を大きく切っている。この現象を検討する前に、中国のたばこ業界を概観してみよう。

2015年売れ筋トップ10ランキング

まずは売れ筋商品から。以下のようになっている。

1位 中華(国を代表する「国烟」。1950年発売。上海煙草集団有限責任公司)
2位 玉渓(雲南省・紅塔煙草責任有限公司、1956年創業)
3位 雲烟・紅河(紅雲紅河集団)
4位 芙容王・白砂(1994年発売、湖南中烟工業責任有限公司)
5位 黄鶴楼(湖北中烟工業公司)
6位 双喜・紅双喜(1906年発売の「100年品牌」、広東中烟有限公司)
7位 利群(浙江中烟工業有限責任公司)
8位 南京・蘇烟(2001年発売、江蘇中烟工業責任有限公司)
9位 矯子(1995年発売、川渝中烟工業責任有限公司)
10位 黄山(安徽中烟工業有限公司)

“中華”が中国を代表する「国烟」であるのは間違いない。数年前まではプレゼントの定番だった。定価は1個78元、48元と2種類ある。78元は1400円に近く相当に高価である。

ちなみに日本人喫煙者の間でセブンスター、メビウス系の軽い味として好評の「中南海」はランク外だった。1970年発売の比較的古いブランドで、上海煙草集団の北京巻烟廠において生産されている。

中国煙草総公司は利益ナンバーワン

たばこ産業の元締めは国家煙草専売局である。その生産部門として1982年、中国煙草総公司が設立された。改革・開放路線により、行政管理部門と生産部門とを分離した。

その後2000年前後には国有企業改革があり、上のランキングに見るように各省に「中烟工業責任有限公司」が設立されている。

しかし、相変わらず元締めの力は強大で、専売局と煙草総公司の人事は同体である。

さらに各省の中烟工業公司は、原料の仕入れ、国内販売、輸出、と総公司の世話にならねばならない。

輸入たばこの締め出しにも力を発揮する。その総公司は資本金132億人民元、従業員1万2000人。売上はネット辞書で見てもわからない。

しかし2014年、同社は412億3500万元の利益を国家に上納していた。これは国有資産監督管理委員会直属の国有中央企業の中で最大だ。税引き後利益の25%相当なので、1649億4000万元もの税引き後利益を上げていたことになる。中国煙草総公司とは中国で最も儲けている国有企業なのである。

官制組織が勧める禁煙活動

中国の煙草パッケージには、「喫煙は健康に有害です。できるだけ早く禁煙しましょう。」と印刷されている。こうした活動を進めているのは、「中国控制吸烟協会」という官制組織である。1990年に設立されていたが、活動を活発化させたのは、2004年、国家工商管理局と衛生局から「高度な協賛」を得られるようになってからだ。活動実績を見ると、

(1) 映画・演劇界に対し、無烟映画作品の製作を支援。
(2) 煙草広告の監視、煙草企業の販促活動と公益賛助(寄付)活動の指導。
(3) 控烟ネットと控烟雑誌の創立

などとあり、やはり官制の匂いは強い。煙草会社にとっては、広告費が寄付に変わろうと経費には変わりない。その上で莫大な利益を計上しているわけだ。

戒烟(禁煙)用品トップ10ランキングというWEBサイトもチェックしてみた。電子たばこや貼付式タイプだが、販売量はたかが知れている。実際、筆者は中国で電子タバコを利用している中国人を見たことはない。

結局、ホワイトカラーは自らの意志でたばこを控えたのだ。自衛策の一環として。情報力のある彼らは中国の危険度をよく承知している。

PM2.5やPM10の政府発表数値を真に受けている人は少ない。さすがに自分でチェックしている人はいないが、関心は非常に高い。

残留農薬もしかりである。これにも大変な関心が集まっている。日本の食品メーカー駐在員に聞くと、日本で有機農業の修行をして、帰国後に起業する中国人が引きも切らないという。

高度成長という宴が終わり、ホワイトカラーたちは「中国とは自分の身は自分で守らなければならないところだった」と改めて思い返しているのだろう。

彼らは一体どこへ向かおうとしているのか? これは重要経済指標に劣らない、現代中国の焦点でもある。(高野悠介、現地在住の貿易コンサルタント)