日本経済の大きな問題は、マイナスであるべき企業貯蓄率が恒常的なプラスの異常な状態が継続し、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていることだ。
そして、企業貯蓄率と財政赤字の合計である国内のネットの資金需要(マイナスが強い、名目GDP比)が消滅していて、マネーと貨幣経済(名目GDP)が拡大できなかったことがその問題をより深刻化させたと考えられる。恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率に対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度であり、財政拡大が不十分で、国内の資金需要・総需要を生み出す力が喪失してしまっていた。
ネットの資金需要は破壊され、マネーが収縮を始めるリスクも
循環的な景気回復による企業のデレバレッジの緩和(企業貯蓄率の低下)、そして震災復興とアベノミクスの経済対策で財政が緩和された。それにより、ネットの資金需要(企業貯蓄率と財政収支の合計)が復活したのが、アベノミクス1.0の基礎となった。その基礎の上に、大規模な金融緩和が行われ、復活をしたネットの資金需要を間接的に日銀がマネタイズする形が整い、アベノミクス1.0が完成した。マネーは循環・拡大を始め、株価上昇・円安(ネットの資金需要拡大はマネー拡大=円の供給拡大)・物価上昇、そして名目GDPが縮小から拡大に転じ、デフレ完全脱却へ向かうモメンタムが生まれた。
アベノミクスの成長戦略も幾分かの効果を発揮し、企業活動はどんどん活性化し、企業貯蓄率は0%に向かって低下していった。しかし、グローバルな景気・マーケットの不安定感への警戒が、企業行動を慎重化(企業貯蓄率の短期的なリバウンド)させてしまった。企業貯蓄率は2010年4-6月期のピークの+10.6%(GDP対比、4QMA)から2014年10-12月期には+2.6%まで低下したが、その後リバウンドし2016年1-3月期には+6.0%となっている。デレバレッジの再発と疑いも出てしまうくらいのリバウンドだ。
そして、消費税率引き上げと歳出の抑制、税収の大幅増加などにより財政が過度に緊縮気味となってしまった。財政収支は2012年4-6月期の-9.5%から2016年1-3月期には-3.5%となり、赤字は三分の一程度になっている。結果として、両者の和であるネットの資金需要は、2015年4-6月期まで17四半期連続のマイナス(マイナスが強い、今回の局面での最大は-3%程度)であった両者の和であるネットの資金需要がプラスに転じ、消滅してしまった。そればかりか、プラス幅が拡大(2016年1-3月期は+2.6%)してきており、ネットの資金需要は破壊され、マネーが収縮を始めるリスクも生まれてしまっている。
日銀は戦略を広げすぎた 金融緩和のみのデフレ脱却は無理
これは、アベノミクス1.0の基礎が瓦解してしまったことを意味する。こうなると、基礎が無い(マネタイズするものが存在しない)ため、金融緩和の効果は極めて限定的になってしまう。基礎を瓦解させる財政緊縮と金融緩和の組み合わせではデフレ完全脱却への勢いをつけることができない。マネーの循環・拡大は滞り、株価下落・円高(ネットの資金需要消滅はマネー縮小=円の供給縮小)・物価停滞となり、デフレ完全脱却への向かうモメンタムも止まり、アベノミクス1.0は終焉してしまった。
金融緩和のみでデフレ完全脱却が可能であるという古い経済学を信じ、財政緊縮でネットの資金需要を消滅させる間違いをおかしたのだ。ネットの資金需要という兵站の確保がままならないまま、期待に働きかけるためとしてサプライズ的な(奇襲的な)金融緩和を繰り返し、日銀は戦線を広げすぎてしまった。
その結果、マイナス金利政策に対する、国民、金融機関、そして国会からの批判は強くなり、政策目標は政府と日銀が共同で設定するが、方法論は日銀の専権事項であるという原則に対する論争が強くなるリスクが出てきてしまう状況にもある。そして、戦線を広げすぎて、身動きがとれなくなってしまった上に、黒田総裁は金融緩和の兵力の逐次投入を否定してしまっている。
そのため、マーケットから金融政策の硬直性を見透かされてしまい、円高・株安へのリスクが高まってしまっている状況でもある。グローバルにみても、財政緊縮と金融緩和への過度な依存の組み合わせは、マーケットの不安定感を増し、景気回復の促進に失敗した。そればかりか、生活不安と格差拡大を生み、ポピュリズムの台頭による政情不安につながってしまっているようだ。