Brexit,英国,保険会社
(写真=PIXTA)

要旨

英国の国民投票でEU(欧州連合)からの離脱の決定が行われたことは、驚きをもって迎えられた。現在、これに対して、残留派からの引き続きの反対意見や離脱に投票した人からの後悔の意見等も報道される等、各種の反応が紹介されている。さらには、国民投票の結果が法的拘束力を有しないこともあり、議会の解散で民意を問うべきとの意見も出ている等、英国が本当にこのままEUを離脱するのかという点についても、極めて不透明な様相を呈してきている。

一方で、こうした状況を踏まえつつも、英国がEUを離脱するとした場合の、その後の各種のケースを想定して、その影響についての幅広い分析等も行われてきている。ただし、離脱後の英国とEUの関係がどのような形になるのかについては、今後の英国とEUの交渉内容によっているため、こうした分析も、現段階では不確定要素が多い状況となっている。

今回のレポートでは、こうした状況下で、英国の保険業界に焦点を当てて、今回の国民投票の結果を受けての英国の保険会社の反応及び実際に英国がEUを離脱した場合に英国の保険会社が受ける影響等について、報告する。

はじめに

英国の国民投票でEU(欧州連合)からの離脱の決定が行われたことは、驚きをもって迎えられた。現在、これに対して、残留派からの引き続きの反対意見や離脱に投票した人からの後悔の意見等も報道される等、各種の反応が紹介されている。

さらには、国民投票の結果が法的拘束力を有しないこともあり、議会の解散で民意を問うべきとの意見も出ている等、英国が本当にこのままEUを離脱するのかという点についても、極めて不透明な様相を呈してきている。

一方で、こうした状況を踏まえつつも、英国がEUを離脱するとした場合の、その後の各種のケースを想定して、その影響についての幅広い分析等も行われてきている。ただし、離脱後の英国とEUの関係がどのような形になるのかについては、今後の英国とEUの交渉内容によっているため、こうした分析も、現段階では不確定要素が多い状況となっている。

今回のレポートでは、こうした状況下で、英国の保険業界に焦点を当てて、今回の国民投票の結果を受けての英国の保険会社の反応及び実際に英国がEUを離脱した場合に英国の保険会社が受ける影響等について、報告する。

英国の保険会社への影響-財務面への影響-

英国のEU離脱が、英国の保険会社に与える影響としては、各種方面からの要素が考えられるが、まずは現在明らかに影響を受けているものとして、財務面への影響が考えられる。

1|市場の混乱・低迷による自己資本比率への影響

国民投票におけるEU離脱決定の発表を受けて、株式市場や為替市場がネガティブに反応している。これにより、保険会社の資産の価額が直接的な影響を受け、保険会社の自己資本比率であるソルベンシーⅡ比率に大きな影響を与えるのではないか、と懸念されている。

具体的には、FTSE100インデックスが大きく下落しており、英ポンドも他の通貨に対して、大きく下落している。一方で、英国国債の格付けは、S&Pが最上級のAAAからAAに2段階引き下げるとともに、FitchがAA+からAAに1段階引き下げ、Moody'sは現在Aa1 の格付けとしているが、3社とも今後の格付け見通しをネガティブに引き下げる等、格下げが行われている。

ただし、これにも関わらず、英国国債の利回りは、リスク回避の動きの中でさらに低下しており、保険会社にとっては、収益面と資産のリスク評価という2つの面で、マイナスの影響を受ける形になっている。

これらの結果、英国国内を中心に営業することで、ポンド建の債務をポンド建資産に一致させる方針で、英国の投資への高いエクスポジャーを有している、英国の国内生命保険会社が相対的に最も大きな影響を受けることが想定される。

一方で、AvivaやPrudentialのように英国外での事業のウェイトが高い会社の場合には、分散効果で影響の程度も比較的少ないと想定される。これらの会社の場合、英ポンドの下落は、英ポンド換算による表面上の業績数値にはプラスに働くことにもなる。

ただし、いずれにしても、今回の株式・債券市場の動きについては、現時点においては、保険会社が日常的に行っているストレステストに比べて、それほど極端ではなく、ソルベンシーに重大な影響を与えるには至らない、と考えられているようである。もちろん、今後さらなるドラスチックな市場の動き等が見られる場合には、会社によっては懸念が発生してくる可能性も否定できないもの、と考えられる。

2|会社の格付けへの影響

1|のような英国国債の格付けが引き下げられてきている状況下で、保険会社の格付けも引き下げられる可能性も出てくる。

短期的な市場のボラティリティによる資産価格の下落等による自己資本比率の低下については、格付けに直結するものではないと考えられるが、英国の位置付けの低下や英国の保険会社の事業を巡る環境の悪化等の英国における資産の長期的な下落要因に基づく自己資本比率の低下については、格付けの引き下げ理由になっていくものと思われる。

3|販売への影響

1|の状況を踏まえて、英国の国内景気の低迷も想定されることになることから、当然に保険会社の英国内での販売にもマイナスの影響を与えることになる。さらには、次に述べるパスポート権の取扱いによっては、英国外のEU加盟国での販売にもマイナスの影響を与えることになる。

この結果として、中長期的には、保険会社の業績に大きな影響が出てくる可能性も否定できないことになる。

英国の保険会社への影響-パスポート権喪失による影響-

1|パスポート権とは

EUの法律によれば、加盟国における保険会社は、各個別の国のライセンスを取得しなくても、ブロック全体で、業務を実施し、サービスを販売することができる権利が与えられている。これを「パスポート権(passporting rights)」と呼んでいる。

なお、この概念は、保険会社だけでなく、金融サービス全般に共通しているものである。

2|EU離脱によるパスポート権の喪失

パスポート権を保持するためには、英国がEEA(欧州経済領域)加盟国(*1)である必要がある。その加盟権を保持しない場合、英国の保険会社は、パスポート権を失うことになり、EUで事業を行うためには、(英国以外の)EUに子会社を設立することが求められることになる。

この影響は、特にこれを広範囲に使用しているLloyd's(ロイズ)、ロンドン市場及び損害保険市場にとって大きなものとなることが想定されている。パスポート権の喪失は、保険会社が、ビジネス拠点の再構築を余儀なくされることにつながる。新たな保険会社の設立と業務の移転に伴う一時的な費用だけでなく、こうした会社の継続的な運営経費も追加負担として加わってくることになる。

ただし、英国の保険会社の中には、Avivaのように、既にEUの子会社を有しているケースもあり、その場合にはこうした負担は軽減されることになる。さらには、Prudentialのように大陸欧州での事業の位置付けが相対的に低い会社もあり、その影響度合いは各社区々になってくる。

なお、この問題は、英国の保険会社に限定される話ではない。現在、米国や日本を含むアジアの保険会社は、英国に欧州本部を置いているケースや、英国を大陸欧州へのゲートウェイとして位置付けているケースが多い。この場合、これらの会社も本部を別のEUの加盟国に移転することを検討する必要がでてくることになる。これは、英国にとって、労働機会の損失を生むことになる。

ただし、保険業界においても、他の金融業界と同様に、金融センターとしてのロンドンの位置付けは特別である。会計・法律等の専門知識を有する人材が豊富に揃っており、英語を母国語としている国としての強みもある。従って、ロンドンは引き続き高い位置付けを保持できる可能性も高いかもしれない。

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(*1)EU加盟国にアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーを加えた国々
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