◆働き方改革の今後に向けて

これまで考えてきた働き方改革の潮流を踏まえ、働き方改革の今後に向けて、筆者が思うところを述べて本稿の結びとしたい。

時間制約のないフルタイム勤務から、時間制約のあるフルタイム勤務への移行について、企業は、実際にどのような業務が削減されているか、また、業務の削減によって社員の人材育成や意欲にどのような影響を及ぼしているかを、慎重に見極めながら進めていく必要がある。

労働時間が削減されても、それが社員の人材育成や意欲にマイナスの影響をもたらす形で行われれば、中長期的にはむしろ生産性が低下することになりかねないからである。

また、多くの場合、労働時間が削減されたからといって、求められる水準が緩和されるわけではない。残業手当が削減される上に、時間当たりの生産性向上も求められることに、不満を持つ社員も出てくるだろう。時間制約のあるフルタイム勤務への移行にあたっては、こうした社員の不満を回避するためのインセンティブも検討する必要がある。

働き方改革を進める企業のなかには、所定労働時間の短縮や、朝型勤務の割増賃金の増額等を通じて、働き方改革によるコスト軽減分を社員に還元しようとしている事例もみられる。

短時間勤務から時間制約のあるフルタイム勤務への移行について、特に一時的な短時間勤務の場合は、制度設計の段階からフルタイム勤務への復帰をどう図るかという点を考慮しておく必要がある。

女性活躍推進法の施行に伴い、ワーク・ライフ・バランス支援の観点から短時間勤務期間の延長を検討する企業も一部にみられるが、期間延長はフルタイム勤務への復帰を先延ばしにし、難しくするリスクもある。あくまでもフルタイム勤務への復帰を前提とするのであれば、期間延長については慎重に検討する必要があるだろう。

企業が短時間勤務者をフルタイム勤務に復帰させようとするのは、採用時から期待する役割に合わせて行ってきた教育等の初期投資の回収、採用時から想定されている処遇に合わせた活躍を実現させようとするためである。

このように、働き方が採用時の期待に帰趨するのは、社員の多様な働き方へのニーズに対応するという面では、むしろ逆の動きだともいえる。にもかかわらず、やはりフルタイム勤務への復帰が前提となるのは、処遇変更が下方硬直的であり、かつ、途中段階では変更がなかなか難しいことも関係している。

社員の多様な働き方へのニーズにどう対応するかについては、働き方に合わせた処遇変更とセットで、今後、検討の俎上にのぼってくる可能性がある。

時間制約のあるフルタイム勤務への移行については、時間制約のないフルタイム勤務、短時間勤務のどちらからの場合についても、いずれインセンティブや処遇の見直しが必要な段階に入ってくると考えられる。

つまり、労働時間の制限や働き方の柔軟化による働き方改革の次の段階として、インセンティブや処遇という人事管理政策の見直しが問われることになる。さらにいうと、働き方改革は経営戦略にもかかわるものである。働き方改革をより実効的に進めていくためには、人事管理政策、さらには経営戦略へと、改革の射程を広げていく必要があるだろう(*6)。

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(*6)働き方改革においては、商慣行を含む顧客との関係がネックになる場合も少なくない。企業が経営戦略として顧客とどう向き合っていくかという点も重要だが、前述の一億総活躍プランでも言及されている法規制(下請代金法、独占禁止法)の執行強化といった政策的な後押しの必要性も高い。また、大規模小売店舗法は、排他的な市場慣行への批判を契機として廃止され、かわって大規模小売店舗立地法が創設された経緯があるが、店舗の営業時間規制については、働き方改革の観点から改めて議論の俎上に乗せる必要があるかもしれない。
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松浦 民恵(まつうら たみえ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員

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