イギリス国民が国民投票でEU離脱を選択してからもう、1カ月以上が過ぎた。一時はリーマンショックのような混乱に国際金融市場も陥るのではないかと懸念されたものの、平静を取り戻した。

もしかすると、一夜にして何かが大きく変わるわけではないことに気付いたからかもしれない。また意外にスマートな政権交代で誕生したメイ新政権の手堅い布陣や姿勢も好感につながっている。ただし、行く先に待ち構えているのは、EUと英国だけではなく、日本を含む世界と英国の通商関係の見直しという大作業だ。

複雑で困難なBrexitのプロセス

英国の離脱交渉自体は大きく2段階に分かれる。第1ステップはEUと英国の今後の関係を規定する交渉。着地点としては①EEA(欧州経済領域)に参加、②独自の自由貿易協定を締結、③WTO(世界貿易機関)を通じてのみ関係を有するなどのオプションが取り沙汰されているが、メイ首相は「予断を持たずに検討する。既存のモデルを採用するとは限らない」としている。交渉開始から2年が経過すると自動脱退になるというのがEU条約の規定だが、現実がそうした杓子定規で進むか否かも含め誰にも経験のない海図なき航海だ。

第2ステップではEU域外諸国との関係が俎上に上る。EUと何らかの貿易協定を結んでいる国は50カ国を超え、離脱した英国はこれらを含む世界中の国々との一対一の通商関係をどうするか、あらためて検討しなければならない。放置しておけばWTOの枠組みに沿って物品関税やサービス貿易のルールが適用されるだけだが、それでは困るという国々と個々にFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)を結ぼうとすればそれ自体10年以上かかっても不思議ではない。

国民投票前、オバマ米大統領も「米国は、EUよりも先に英国とFTAを結ぶつもりはない」と発言している。 EUはおろか米国の市場にもWTOのベーシックなレベルでしかアクセスできない期間が続くとなれば、英国に拠点を置く外国企業が一斉に、EUや米国への脱出を検討し始めてもおかしくはないだろう。

再認識迫られる英国の役割

しかし、もう一度冷静に、英国の欧州経済に占める位置付け、とりわけ我が国から見た重要性を思い起こしてみることが必要だ。英国は北欧諸国やオランダとともに、EUにおける最大の自由貿易推進役。「開放性」重視の通商政策を掲げ、国籍にこだわることなく、雇用や富を生む外国企業の誘致を推進してきた。

日本の対英輸出そのものは他のEU諸国へと同様それほど大きくない。重要なのは直接投資を通ずる欧州での現地オペレーションにとって日本の最大の橋頭堡となっているのが英国という点だろう。2015年末時点における日本の対外直接投資全体に占める英国の比率は7.1%に及ぶ。EU全体への直接投資の三分の一に当たる大きさだ。

2015年10月現在の在英日本企業数は875社とドイツに次いで欧州第2位。その業種別シェア(%) をみると、卸小売り34、製造24、金融保険11、統括会社10、その他21だが、特に注目すべきは自動車メーカーや部品メーカーが 多数進出し直接・間接に多くの雇用創出に貢献していること、そしてその部品や素材の調達についてはEU域内のサプライチェーンに大きく依存していることだ。このほか、「金融パスポート」を手にロンドンの金融センター「シティー」に欧州拠点を構える大手銀行・保険会社も多い。

EUと英国の関係がどうなるのかが見えない宙ぶらりんの状況が続けば、こうした在英企業が大きな打撃を受けることは想像に難くない。マクロな不透明性を背景とした今後の期待収益率低下、既往投資のキャピタルロスに加え、為替の不安定化、英・EU国境をまたぐ輸出入関税の変化、人材登用・異動の継続可能性、金融パスポートその他のルールの置き換わりなど、ビジネスの安定性を脅かす要素には事欠かない。

その中で、ヒッチンズ駐日英大使は英国のEU離脱を待たずに日英間のFTA交渉が始まる可能性があるとの見方を示唆した(7月1日)。メイ英政権は成長を呼び込むため「アジアに目を向ける」(英国王立防衛研アイル部長)という見方を反映するものかもしれない。英国はすでにこの5月、シンガポールとの間に「フィンテック・ブリッジ」と呼ばれる協力協定に調印した。フィンテックに関する起業家や投資家について両国の協働をサポートする環境を整えようとするものだ。不透明なBrexit交渉の行方を傍観しているより、可能な分野から二国間の協力関係を探ってゆくという姿勢が現実的なのかもしれない。