マイナス金利の導入にまで踏み込んだ金融の異次元緩和、消費税率引上げの延期、28兆円超を謳う景気対策の方針表明。次々と繰り出される追加政策だが、アベノミクスの限界を自ら認めていると言えなくもない。事実、2016年前半の経済では、再び停滞感が強まっている。

その中で、国際通貨基金(IMF)がいわば「第4の矢」として「急進的賃上げ戦略」の採用を求めており、注目が集まっている。昇給への「お墨付き」を与えるIMFからの要望は安倍政権への「助け舟」と受け止められるだけでなく「不満の表れ」と言うこともできそうだ。IMFという国際機関がこうした提言を行う背景を含め、提案の持つ意味を吟味してみよう。

異彩を放つ2016年の対日審査報告書

今回の「賃上げ促進論」は、6月20日に公表されたIMFの対日審査報告書に盛り込まれた公式な提案だ。報告書自体は、加盟国すべてについて、IMFが年に一回発表する経済評価レポートの一つであり、権威を持つ分析として受け取られはする。他方で、強制力を持つものではなく、国際収支危機や財政危機に陥ってIMFに資金支援を求める国に突きつける「構造調整プログラム」とは別物だ。

しかし、今年の報告書がアベノミクスの核心に、遠慮なく踏み込んおり、かなり異例のことだ。

IMFの懸念の中心は「デフレ」。かねてから政策目標であったデフレマインドの克服に足踏みをしていると受け止められている様子だ。同機関によれば「アベノミクス」は当初は成功したが、最近ではデフレリスクが再び高まっており、現状のままでは「期限までには達成困難」だと言う。

加えて、IMFは賃上げが十分には波及していない点を問題視し、「労働市場改革を伴う所得政策を前面に据えるべき」だと、賃上げをより強く姿勢を前面に押し出した。

ちなみに、「所得政策」については、1960-80年代に国内外で盛んに政策論議の対象となった経緯がある。当時はインフレ対策として賃上げ抑制を目指す政策手段として登場したものである一方で、現在ではむしろインフレの不在を問題視してのことで、順序も逆転している。かつての1980、60年代の所得政策からすれば、ちょうど「逆所得政策」とでも呼びたくなるように逆転しているのだ。

いずれにせよ、賃金決定という労働市場の価格メカニズムへの政府の介入に対して教科書的な批判が出てくるのは避けられないところだが、政府の役割を強調する労働経済学者も少なくない。労働組合の組織率が2割以下に低下しており、被雇用者側の交渉力の低下が問題視される向きもあると理解できそうだ。