賃上げへの「アメとムチ」は有効か?
第2次安倍内閣は政権発足の2012年末以来、春闘を前に欠かさず政労使会議などを通じて経営側へ賃上げを要請してきた。「官製春闘」のおかげもあってここ3年間は、連続で2%台のベースアップが実現しているから、政権側は「逆所得政策」はとっくに実施済みと胸を張りたいかもしれない。
ただ、今年2016年の春闘最終結果は2.27%と14年の2.28%、15年の2.52%に比べ物足りないものにとどまった。去年まで「安倍首相の賃上げ圧力はゴルフコースにまで広がっている」と「官製春闘」にエールを送っていた海外メディアも、今年に入り、トヨタをはじめとする大手企業の回答結果が明らかになるにつれそのトーンを一変させ、賃上げの鈍化は、アベノミクスへの逆風だという論調が支配的となった。
また、春闘がカバーするのは労働者総数の17%に過ぎず、実質賃金も4年連続マイナスとなっていることに注意を促すコメントも見られるなど、日本の賃上げに対する海外の関心は想像以上に高まっていたとみられる。
2人のIMFのアジア担当エコノミストが本年3月の段階で「賃上げのために政府ができることはまだある」と所得政策の具体的な措置をブログ上で提案していたという。
それぞれ言及すると、一つ目は一定の環境下にある企業がそれなりの賃上げを実施しない場合、その理由を説明する義務を課することだ。さらに、賃上げのための税制上の優遇措置を強化し、利益の伸びを十分従業員に還元しない企業に対して税制上の懲罰的措置を設けるというもの。要するにまずはモラルに訴え、次に税制優遇措置を講じ、最後の手段としてペナルティーもちらつかせる方法だ。税制優遇という「アメ」と懲罰措置の設置という「ムチ」をテコに、企業に大幅な賃上げを促すことがその狙いと言えるだろう。
IMF提言の真の狙いは?
ただ、IMFのエコノミストが提案する政策は理論的にはもっともらしいが、実務の面ですぐに壁にぶつかるのは必至だ。公正な「労働分配率」をどう定義するのか、どうやって企業に順守を義務付けるか、無理な義務付けは雇用の喪失につながるのではないかなど、疑問は数えきれない。
にもかかわらず、IMFがこうした「急進的賃上げ戦略」を日本に求める真意はいったい何だろうか?
一つは日本の「デフレマインド」がこれほど根深く定着し、伝統的な政策ミックスでは太刀打ちできないという点を強調したいというレトリックとしての捉え方があろう。
もう一つ指摘しよう。やや穿ち過ぎかもしれないが、もっと根深い政策的対立を見て取ることもできる。金融異次元緩和、財政再建、円安誘導をめぐる「官邸・内閣府」と「財務省・IMF」のタッグ・マッチという見方だ。
特に、財務省はIMFの副総裁や理事に幹部を送り込んでいるにもかかわらず、IMFがあからさまにアベノミクスは失敗に終わったと決めつけるに等しい報告の公表を看過したのはなぜだろうか?IMF側からは、「ヘリコプターマネーは不要」、「財政再建忘るべからず」という趣旨の発言も漏れ聞こえてきており、財務省にとっても本音だろう。永久国債で公共投資を賄うとなれば要求官庁に対する歯止めはなくなるし、消費税引き上げを通ずる税収増は同省の悲願だ。
二度にわたって消費税引き上げを先延ばしした安倍総理は「国際金融経済分析会合」にクルーグマン、スティグリッツといったノーベル賞経済学者を招いてそのお墨付きを得た。
IMFエコノミストが所得政策の具体的な措置をブログ上で提案したのが時も同じ本年3月。これが単なる偶然なのかどうかは知る由もないが、少なくとも一つはっきりしているのは「日本がデフレから決別するには賃金上昇が必要」というIMFの見立てに誤りはないということだ。(岡本 流萬)
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