メジャー,イチロー
(写真=Thinkstock/Getty Images)

日本が誇る野球界のスーパースター・イチロー選手。偉大な記録を残し続けてきた名選手も、気づけば42歳の大ベテラン選手だ。

そんな偉大な大ベテランが今年メジャーリーグで、もう1つの偉大な大記録を見事に打ち立てた。今回の記録達成は、日本はもちろん、メジャー本拠地のアメリカでも多くの人の驚嘆と尊敬の念を集めている。

そんなイチロー選手、プロになった当初からスーパースターだったわけではない。イチロー選手もいろいろな道を乗り越えてつかんだ栄光なのだ。

今回打ち立てられた大記録の裏には、どのようなイチロー選手の野球人生の歩みや時代背景があるのだろうか。記録樹立の様子とあわせて追ってみよう。

イチロー選手のメジャー通算3000本安打、そのすごさ

米大リーグ、マイアミ・マーリンズのイチロー選手は2016年8月7日、米コロラド州デンバーで行われたロッキーズ戦に6番・中堅で先発出場、7回に右翼フェンス直撃の三塁打を放ち、米大リーグ通算3000本安打を達成した。

3000本安打は米大リーグ史上30人目の達成であり、デビュー16年目での達成は、メジャー最多の通算4256安打を記録したピート・ローズ氏と並ぶ最速記録だ。

長い米大リーグの歴史の中で、3000本安打を達成した選手はイチローを含め30人。4256安打のピート・ローズ氏を筆頭に、首位打者を12回獲得した「球聖」タイ・カップ氏、755本塁打を放ったハンク・アーロン氏が続く。

しかし、米大リーグ記録の762本塁打を放ったバリー・ボンズ氏は2935安打、米国の野球史に光り輝く記憶を残した国民的英雄ベーブ・ルース氏は2873安打、56試合連続安打の記録を持つジョー・ディマジオ氏は2214安打にとどまっており、『3000本安打』がいかに高いハードルなのかが分かる。

日本球界から米大リーグまでの道のり

イチロー選手は、1991年にドラフト4位指名でオリックスに入団。当初の選手登録名は、本名の「鈴木一朗」だった。入団2年目には開幕1軍に入ったが、打率は1割台と低迷。夏場を前に2軍降格となる。

この2軍降格時に必死の努力を重ね、シーズン途中から46試合連続安打をマーク。規定打席には届いていないが最終的には打率.371というハイアベレージを残し、飛躍への準備を整えることとなった。

入団3年目の1994年。選手登録名を「イチロー」に変更し、旋風を巻き起こす。1番打者として1軍定着を果たすと、破竹の勢いで安打を量産。

シーズン130試合中、無安打だった試合はわずかに13試合、116試合目の時点で当時の安打記録だった藤村富美男氏の191安打を更新。さらには前人未到のシーズン200安打も達成、最終的に『210』まで安打記録を伸ばした。

その後の活躍は野球人としてまさに異次元。1994年からメジャーに移籍する前年の2000年まで7年連続で首位打者を獲得し、最多安打タイトルも1994年から1998年の間5年連続で獲得。他にも、打点王や盗塁王といったタイトルを多数獲得した。

飛躍の3年目、1994年からの7年間で放った安打は合計1242本。平均すると年間177本という、まさに驚異的ハイペースで安打を重ねたイチロー選手。

通算1000安打までに要した試合数は757試合。これは、今もなお破られることのない1000安打到達の日本最速記録である。

そして2000年、自己最高でありプロ野球史上歴代2位となる打率.387を記録。7年連続7度目の首位打者も獲得し、6年連続の最多敬遠数、2年連続であり5度目となる最高出塁率、さらには7年連続7度目のベストナイン&ゴールデングラブを受賞するという記録を残し、イチロー選手はメジャー挑戦を表明した。