(3)ティムクックの戦略(ビーツ・エレクトロニクス買収の背景)

ティムクックがCEOに就任したころのアップルには手元キャッシュが豊富にありました。この手元キャッシュをどのように活用していくのかということが注目点です。今回の買収で音楽ストリーミングサービスの分野に進出することになりました。今、世界の音楽市場では定額制の音楽ストリーミングサービスが勢い良く伸びています。IFPI(国際レコード産業連盟)によれば、2013年の音楽産業の売上は150億ドルとなり、前年から3.9%減少していますが、その中で音楽ストリーミングサービスは前年比51.3%増加し、デジタル音楽売上全体の27%を占めています(2011年時点では14%)。

一方、デジタルダウンロードの売上額は2.1%減少しています。すでに音楽ダウンロードは頭打ちとなっており、今後、定額ストリーミングサービスに取って代わられることが予想されます。ティムクックはこの点を危惧していたのではないでしょうか。アップルにはiTunesがありますが、この急成長が望めない、むしろ低迷すると仮定すれば、ビーツ・エレクトロニクスの買収は自然な流れです。

ティム・アップルは何を狙っているのか?

ジョブズの頃は、ジョブズへの思い入れが製品にふんだんに込められていました。今もそのような思いがあるのでしょうが、製品=ジョブズのような雰囲気は伝わってきません。アップル=ジョブズという色が薄れていく中でティムクックはどう舵を取っていくのでしょうか。キーポイントは2つあると考えています。1つは環境の変化です。ジョブズは新しいものを市場に提供してきましたが、ティムクックが引き継いだ頃にはMacもiPodもiPhoneもiPadも広く世に出回っています。機器をどう拡販していくかというよりも広まった機器でどのようなサービスを提供できるかといったところが事業運営において重要になってきています。日本でも6月13日に8店舗目のアップルストアが表参道に開店しました。ここでは「アップルの製品を売る」というよりも「アップル製品で何ができるか伝える」ことを主眼に置いています。

2つ目が自前主義からの脱却です。ジョブズは自社製品で顧客を囲い込み、囲い込んだ顧客を自社で開発したサービスで魅了していこうとしていました。しかし、今回の買収でも推察できるようにティムクック下では、アップルでの囲い込みに拘っていません。iPhoneやiPad等デバイスの売上が伸び悩む中で、これまでの自前サービスに固執してブレイクスルーを狙うのではなく、既にブランドを確立している周辺機器の買収へ戦略を明確に転換したようです。ビーツは「アンドロイド」や「ウィンドウズ」を搭載した端末でも使えるようにする予定です。自前主義という看板を下げ、他社との親和を図ることを狙っているのであれば、ティムクックは今のアップルのCEOに適した人材と言えます。

photo credit: Tim Cook holding chart via flickr cc