(写真=PIXTA)
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ニホンジカによる農作物の食害が全国で相次ぐ中、長野県小諸市は駆除した鹿肉をペットフード用に加工する自前の解体、加工施設を整備した。いわば農村地域の厄介者を地域の特産品に変えようとする試みで、市は鹿肉の有効活用で地域の活性化につなげたい考えだ。近く近隣自治体からもシカを受け入れ、本格稼働させる。

鹿肉のペットフード化は北海道などで例があるが、長野県では初めて。鹿肉は低脂肪で、高たんぱくのため、ペットフード業者らの関心を集めているという。

半年で170頭処理、近く近隣自治体からも受け入れ

小諸市の解体加工施設は「市野生鳥獣食品化施設」と名づけられ、旧県施設の一部を改修して4月に設けられた。持ち込まれたシカをさばく解体室と、肉を真空パックに詰める加工室、商品保管の冷凍庫、シカ個体収集コンテナなどがある。安全性を重視し、精肉用の金属探知機や放射線検知器も備えた。

事業費は約6000万円で、国の地方創生交付金などを充てた。稼働から10月末までの半年で、市内で捕獲されたシカ約170頭を処理し、ペット用の食肉としてメーカーに販売している。施設稼働でパートなども含め、約10人の新規雇用も生まれた。

年間の処理能力は約1500頭。現在は市内で捕獲したシカだけを受け入れているが、近く佐久市など県内の近隣自治体から受け入れを開始し、本格稼働に入る。さらにペット用食肉の供給だけでなく、独自の商品も開発し、小諸ブランドとして売り出す計画も進めている。

市は長野県の東部、浅間山のふもとに位置し、果樹や高原野菜の産地として知られる。しかし、シカを中心とした鳥獣被害が相次ぎ、2014年度に136頭、2015年度に220頭のシカが駆除された。

駆除したシカは地中に埋めるか、動物園のライオンのえさにしてきた。捕獲数の増加を受けて焼却処分もするようになったが、1頭当たりの焼却費用は約1万5000円。文字通り地域にとって厄介者となっている。

小諸市農林課は「処分費用の負担を軽減する一方、駆除したシカを有効活用するためにペットフード化を考えた。近隣からも鹿肉を集めて処理頭数を増やし、新しい地域産業に育てたい」と意気込んでいる。

有効活用はごく一部、大半は山中に埋設

山に囲まれた長野県はシカの生息に適した山林が多く、農作物や林業被害が後を絶たない。県がまとめた2015年度の農林業被害額は野生鳥獣全体で約9億7000万円。このうち、全体のざっと4割をシカが占めている。

捕獲頭数の増加や防除対策の強化などから、被害額自体は緩やかに減少しているが、依然として高い水準の被害が続いていることに変わりない。特に小諸市がある佐久地方は、県南部の上伊那地方とともに、シカの食害が深刻な場所だ。

県は2011年から5年間で毎年、2万7000~4万頭のシカを駆除してきた。このうち、半数以上をメスジカとし、繁殖を抑えようと躍起になっている。2015年度はメスジカ約1万9000頭を含む約3万2000頭を駆除した。

しかし、駆除されたシカのうち、ジビエ料理など食肉に有効活用されているのは、2000頭程度に過ぎない。食肉とするには駆除後、短時間で処理しなければならないこともあり、ほとんどが山中に埋設処分されるなどしている。

長野県鳥獣対策・ジビエ振興室は「鹿肉を有効活用すれば、地域に新たな雇用や収入を生む可能性がある。ペットフードとしての活用については、農水省とともに地元を支援していきたい」と期待する。

増加するシカ対策にはハンターの確保も必要

近年のシカの食害は長野県だけの問題ではない。中山間地を抱える全国各地の自治体が共通して頭を痛めていることだ。これまであまり見られなかった高山域にも進出、高山植物を食い荒らすなど生態系にも影響を与え始めた。

シカの食害に詳しい依光良三高知大名誉教授(森林環境学)は「中山間地域の衰退と耕作放棄地の増加、森林の荒廃、ハンターの減少、地球温暖化などさまざまな影響が重なり、今の状況を招いた」とみている。

各地の自治体はICTを活用した罠の導入などあの手この手の対策に力を入れている。だが、ハンターの数は1970年に全国で50万人以上いたのに、いまや20万人を割っている。このため、思うように駆除できない地域も増えてきた。

各自治体はジビエ料理の普及にも熱心で、地元の鹿肉を売り物にするレストランが各地にオープンしている。駆除した鹿肉を有効利用するとともに、ジビエ料理に注目を集め、中山間地域の苦境を広く知ってもらおうとしているわけだ。ハンター確保につなげようとする思惑もある。

しかし、ジビエ料理用に活用できる鹿肉は里山や集落の近くに出現したシカだけ。里山や集落周辺以外でも並行して駆除を進めなければ、里山や集落周辺から追い払ったシカが深い山に逃れて繁殖する。結局、シカの増加を抑えられず、いたちごっこが続くことになる。

駆除した鹿肉をペットフードにする小諸市の試みはユニークで、注目すべきことだが、各自治体はハンターの確保を積極的に進め、より計画的な駆除を進めることにももっと目を向ける必要がありそうだ。

高田泰 政治ジャーナリスト この筆者の記事一覧
関西学院大卒。地方新聞社で文化部、社会部、政経部記者を歴任したあと、編集委員として年間企画記事、子供新聞などを担当。2015年に独立し、フリージャーナリストとしてウェブニュースサイトなどで執筆中。マンション管理士としても活動している。