このドラマがヒットした3つの理由

ご覧になっていない方のために、簡単にストーリーを述べておこう。新垣結衣さん扮する女性主人公の森山みくりは、大学院を出たにもかかわらず就職に失敗し、勤めていた派遣の仕事も失ってしまう。父からの紹介で、森山は男性主人公・星野源扮する津崎平匡(ひらまさ)宅でハウスキーパーとなるが、実家の引越しを機に、津崎と「住み込みフルタイムで家事代行業を請け負う」という契約を交わす。それは、雇用主と従業員という関係の契約結婚だったという内容である。

今、話題のラブコメディドラマを、ビジネスの観点から読み解こうというのが、この文章を書く目的である。今回は、ドラマがヒットしている理由から考察することにしよう。この番組にはさまざまな工夫が見られるが、ストーリーに絞った場合、ヒットの理由として次の3点が考えられる。

1. 今時の世相をうまく取り込んでいる
このドラマのメインターゲットは、20〜30代の若手だと思われるが、彼らは日本のバブル後に成人した世代であり、景気が良かった頃の恩恵を受けていない。物語では、世知辛い若者の現状が等身大で表現されており、それが親近感を感じさせる一因になっていると思われる。

世相を反映した例として、たとえば現在、親であるサラリーマンの年収が少なくなるに従い、奨学金を借りて大学にいく学生が増えている。しかし、いまや賃金労働者の4割が非正規化している中で、就職しても満足に奨学金が返せない若者が続出している。女性主人公の森山も同様で、契約結婚の賃金だけでは奨学金を返すのが精一杯の彼女は、歯医者に通うために家事代行を掛け持ちする(第4話)。

この物語は、こうした今の若者が突きつけられている現実や、世間で副業が流行るに至った背景などをリアルに映し出しているのである。

結婚とは「古くて新しい問題」

続いて残り2つのヒット要因を見ていこう。

2. 契約結婚という、意表をついた切り口
男性主人公の津崎はプログラマーであり、論理的思考の持ち主である。彼はもともと生真面目な性格である上に、自身かつてブラック企業に勤め、苦労した経験を持っている。「契約結婚」を成立させるために、津崎はきめ細かい就業規則を取り決め、公私混同をしないよう、細心の注意を払っている。

我々日本人の感覚からすると、「契約結婚」という言葉に違和感を覚える人もいるかもしれない。家族の絆は、一概に「契約」と割り切れるものではないが、そうした感情とは別に、結婚自体は紛れもない契約であり、「役割分担」という労働や仕事と切っても切れない関係にある。『逃げ恥』は、結婚という古くて新しい問題を、我々に再認識させる力を持っている。

3. 登場人物の心情を丹念に描いている
このように、このドラマは単なるラブコメディに止まらないストーリー展開を見せている。彼らの複雑な人間模様は随所に表現されているが、一例を挙げてみると、森山が派遣の仕事をクビになった際に、こうつぶやく場面がある。

「誰かに選んで欲しい。ここにいていいんだって認めて欲しい。みんな誰かに必要とされたくて、でもうまくいかなくて。いろんな気持ちをちょっとずつ諦めて、泣きたい気持ちを笑い飛ばして、そうやって生きているのかもしれない(第1話)」

こうした、誰もが日常感じている心の内を、登場人物に吐露させることによって、このドラマは視聴者を物語に引き込むことに成功しているのである。

「まずは生き抜く」ことが重要

ところで、このドラマのタイトル『逃げるは恥だが役に立つ』に関して、その由来が第2話で明かされている。森山と津崎が、本当は契約関係だということを隠しつつ、お互いの両親に結婚することを告げ、両家の顔合わせが行われる。喜ぶ両親を見て、心を痛める森山に向かって津崎がこういう。

「ハンガリーにこういうことわざがあります。『逃げるのは恥。だけど役に立つ』 後ろ向きな選択だっていいじゃないか。恥ずかしい逃げ方だったとしても、生き抜くことのほうが大切で、その点においては異論も反論も認めない」

人間は、どの国の、どの時代に生まれるかを自分で選択することはできない。しかし、たとえ生きにくい世の中であっても、「大事なのは生き抜くことだ」という、このドラマの根底に流れている強いメッセージとポジティブな姿勢が、多くの視聴者を引きつけて止まない理由なのだろう。

俣野成敏(またの なるとし)
1993年、シチズン時計株式会社入社。31歳でメーカー直販在庫処分店を社内起業。年商14億円企業に育てる。33歳でグループ約130社の現役最年少の役員に抜擢され、40歳で本社召還、史上最年少の上級顧問に就任。『プロフェッショナルサラリーマン』(プレジデント社)や『一流の人はなぜそこまで◯◯にこだわるのか?』(クロスメディア・パブリッシング)のシリーズが共に10万部超のベストセラーに。2012 年に独立。複数の事業経営や投資活動の傍ら、「お金・時間・場所」に自由なサラリーマンの育成にも力を注ぐ。