フコク生命(富国生命保険相互会社)が給付金などの支払い査定にIBMの人工知能「ワトソン」の導入を決めた。診断書などから疾病、災害、手術等の判別と分別を自動で行うことにより、支払いまでの迅速化と業務の効率化が狙いだ。報道によれば、昨年3月末時点で査定関連部署に所属していた131人のうち、約3割にあたる34人を削減する見込みだという。
同社は既にコールセンター業務でワトソンを導入済みで、さらに複雑な保険金支払い業務にも利用を拡大する。保険業界ではさらなる効率化が求められそうだ。
急速に拡大する人工知能「ワトソン」
ワトソンとは、IBMが開発したAI(人工知能)コンピュータ。人間の話す自然な言葉をそのまま理解し、多様な分野の専門知識を学習する。人間では処理しきれない大量の情報を読み込み、知識を吸収することができる。これによって従来のコンピュータでは難しかった、曖昧な質問からでも蓄積した膨大なデータから適切な回答を見つけるといったことが可能になった。
ワトソンは当初米国のクイズ番組で話題になったが、医療分野や、企業活動、とくにオンラインのヘルプデスク、コールセンター業務での活用が期待されている。
「ワトソン」を導入はコールセンター業務から
保険業界でワトソンを導入するのは同社が初めてではない。既にコールセンターでの音声分析で使っているところがある。三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険を傘下にもつMS&ADインシュランスグループホールディングス <8725> は契約者との電話でのやりとりを詳細に分析し、相談や苦情を把握しスムーズな対応につなげている。
従来のコールセンター業務は、オペレーターが通話中に自分でメモをとる必要があった。ワトソンの導入によって、通話内容がただちに文字表示されるので会話に集中でき、正確な通話記録が効率的に作成できるようになったという。
さらにオペレーターの対応品質のチェックも通話内容をすべて聞く必要がなくなり、相槌の打ち方などで契約者の感情分析も可能となっている。
損保のコールセンターは年末調整の直前が繁忙期。三井住友海上の試験導入では初年度契約者が保険料控除証明書について尋ねるケースが約4割に上ったそうだ。音声応対やWebサイトの改善で臨時要員の配置が不要になるなど業務の効率化に役立っている。
フコク生命もコールセンター業務で導入しているほか、東京海上日動もコールセンターで電話の会話を自動的に文字化し、声色から感情を分析するシステムを導入している。
複雑な保険金支払業務でも「ワトソン」の導入がすすむ
フコク生命が給付金支払い業務でのワトソンの導入を発表したが、保険金や給付金の支払い業務はコールセンター業務以上に高度で複雑な業務だ。
しかも顧客は保険金や給付金の受け取りがスムーズでトラブルがないかを重視する。そんな複雑な業務に人工知能を導入するというのは、保険会社にとっても、そして業界にとっても非常に大きな決断であり、挑戦といえる。
というのも、保険の支払い査定は実に複雑。保険約款や規定だけでなく医師の診断書、医師の判断の慣習、関連法規、過去の判例、顧客の事情、告知義務違反がないかなど判断しなければならないことは多岐にわたる。
他社では素早く保険金が支払われたのに、こちらではなかなか支払われない、もしくは支払い対象外とされたなどということになれば会社の信頼低下につながる。保険金の支払業務が効率的に、正確に行われるかどうかは保険会社にとっていわば勝負どころといえるのだ。
かんぽ生命保険 <7181> は国内保険会社ではじめて、保険金支払審査業務の人的査定の支援でワトソンを導入した。ワトソンを利用して保険金支払業務で支払い審査データや約款、関連法規、過去事例を分析し審査の担当者に支払い判断の資料を提供。支払業務の効率化を計画している。
かんぽ生命に届く請求件数は年間約200万件。システム的に判定できるのが2割。残り8割は人的判断が必要だ。難易度の高い案件はバリエーションが多くベテランでも1日に処理できるのは数件。
従来、査定業務には10年近い経験と高度な知識が必要とされていた。これが比較的経験の浅い社員でも実施可能になり、一人当たりの審査件数が増え業務の効率化が見込まれている。さらに査定品質のばらつきを少なくし、品質の向上も期待されている。
複雑な支払業務にAIを導入して大丈夫か
保険業界はコールセンターや窓口業務に加え、保険金の支払い査定にAIを続々と導入しているが、危惧されるのがプライバシーの問題、支払い査定の正確性の問題だ。
顧客対応面においては、プライバシーに関する取り決めが徹底されること、顧客に信頼されるナビゲーションがなされるかが大切だ。
支払い査定においては、業務が効率化され審査が迅速に行われることが保険業界全体に求められてくるだろう。
だがAIはあくまでもツールにすぎないことが認識されねばならない。膨大な情報を処理するのは人間にはできない。その意味でAIによる判定は貴重だが専門知識と豊富な経験をもった担当者によるチェックは欠かせないだろう。
顧客からすれば査定の過程は目に見えない。だからこそ支払基準など会社の姿勢が信頼できるか、分かりやすく明示されているかがポイントとなる。( FinTech online編集部 )
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