トランプ政権,大統領令,民主主義
(写真=PIXTA)

広がる混乱

1月20日に就任したトランプ米大統領の動向は、2017年の世界がどうなるかを左右する最大の要因だ。大統領選挙の直後にこの意味について論じてから、まだ大して時間が経っていないが、就任から短期間の間に様々な政策が打ち出されており、その後の展開に改めて触れざるを得ない。

トランプ大統領は就任当日、前任のオバマ大統領の下で成立した医療改革法、いわゆるオバマケアの廃止にむけて支出を抑制する命令を出した。さらにTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を決定し、30日にはUSTR(米通商代表部)が、米国の離脱を参加各国に書簡で正式に伝達したなど、矢継ぎ早に大きな改革を打ち出している。

27日にはテロ対策を名目に一部の国の出身者の入国と全ての国からの難民受け入れを一時中止するなど、入国審査の厳格化を内容とする大統領令を発したため、米国の空港で難民が入国を認められずに拘束される事態となった。これに対して司法長官代理が入国禁止措置を命じる大統領令に従わないよう同省に通知し、トランプ大統領が司法長官代理を解任するなど混乱が広がっている。

巨大な大統領権限

政策の手段となっているのは大統領令という我々にはあまりなじみのないものだ。ルーズベルト大統領は有名なニューディール政策を実施するために、多くの大統領令を発している。また、第二次世界大戦中には、大統領令9066号によって日系米国人が強制収容所に収監された。大恐慌や戦争という緊急事態の中のことではあるが、大統領は法律によらずに基本的人権を制限することも可能だ。

三権分立の下で、米国ではチェック・アンド・バランスの機能が働いている。裁判所が大統領令に違憲判決を出したこともあるし、メキシコ国境への壁の建設のように今後議会が費用を予算化しなければ現実には実行が難しいものもある。議会は大統領令を廃止・修正する法律を作ることもできる。しかし、大統領が拒否権を発動して法律に署名を拒めば、議会が大統領令を変更するためには三分の二以上の賛成が必要となり、ハードルは非常に高いものとなる。

蛇足だが、一般に大統領令とひとくくりに呼ばれているものには、大統領命令(Executive Order)、大統領書簡(Presidential Memorandum)、宣言(Proclamation)という区別があって、それぞれ性格が微妙に異なるようだ。オバマケア廃止向けた大統領令は書簡で、TPP離脱の指示は命令だった。

大統領令は米国憲法に定められた権限ではないものの、選挙によって国民から直接選ばれたという大統領の正当性が大きな力の背景となっている。国民からの支持があれば、議会は大統領に対して妥協を余儀なくされるだろう。

マスコミは批判を強めているものの、トランプ大統領はツイッターで直接情報を発信するという手法で一部の国民から強い支持を得ている。これはルーズベルト大統領が、当時広まりつつあったラジオを使って直接語りかける「炉辺談話」で国民の支持を取り付けて、ニューディール政策を遂行したことを想起させる。トランプ大統領の政策に対する強い批判があるものの、大統領を支持する人たちは容易には考えを変えないだろう。

問われる民主主義の理念

トランプ氏は大統領選挙中に過激な言動が批判を浴びることも多かったが、選挙対策のパフォーマンスだという説もあった。当選直後に、これまでの米国の外交姿勢を転換して台湾と直接接触したことで中国政府を刺激し米中間の緊張が高まった際も、正式に大統領に就任してからではできないことを、就任前というタイミングを見計らって行なっているのだという説明も聞かれた。

選挙の勝利宣言は激しい選挙戦とはうって変わって、分裂した国民に融和を呼びかける内容で、大統領に就任すれば過激な言動は影を潜め、米国民すべてのための大統領となるという期待も高まった。しかし、残念ながらこうした期待は実現しなかったと言わざるを得ない。

不法移民を制限するためにメキシコとの国境に壁を作るという発言は、選挙用であり比喩的なものだと思っていたが、25日にはメキシコ国境に壁を作るなど国境の警備を強化する命令を発しており、ライアン下院議長はこれを承認する意向だと報道されている。不法移民の多くが観光目的で入国したまま残留している人たちであるとか、国境には多数のトンネルがあって下水道などに繋がっているなど、壁を作っても不法移民を減らす効果はほとんどないと言われている。

格差問題が深刻な米国で、多くの国民が所得水準が高くて安定した製造業の仕事を望んでいることは確かだ。トランプ大統領は米国企業の海外への工場建設を批判して撤回させるなどしており、一見これで優良な雇用の海外への流出を防いだかのように見えるかもしれない。しかし、国境の壁が不法移民を防ぐ有効な手段でないのと同様に、トランプ大統領が主張する保護主義的な経済政策も中長期的には国民が望んでいるような良い仕事をもたらすことにはならないだろう。

トランプ政権の政策については、保護貿易主義や移民問題などが大きな論点となっているが、その背景には民主主義で正しい政策が選択できるのかという、もっと大きな問題が隠れているように思える。

繁栄を謳歌したアテネは衆愚政治で倒れ、最も民主的とされたワイマール憲法下はドイツを救うことができなかった。欧州ではこれから主要国の総選挙が相次ぐ。先進諸国で今問われようとしているのは、民主的な選挙や投票によれば我々は正しい選択ができるという民主主義の理念そのものではないだろうか。

櫨浩一(はじ こういち)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 専務理事 エグゼクティブ・フェロー

【関連記事】
トランプ新大統領の誕生~リーダー無き世界の到来~
トランプ大統領は、アメリカの「福男」になれるか-「主体」と「客体」入れ替わる時代
トランプ政権が発足-選挙公約から政策の軌道修正は不可避
漂流する米国と英国の行方-「上下」と「左右」に関する“気づき”から
トランプ大統領下で期待されるインフラ投資の拡大