2016年3月まで日本銀行政策委員会審議委員を務め、現在はアジア開発銀行研究所の客員研究員としても国際的に活躍する白井さゆり氏。「今から自分で資産運用するとしたら?」という仮定のもと、どのようなポートフォリオを構築するのかを聞く。海外投資家との対話機会も多く、中央銀行の金融政策にも精通する同氏は、どのようなポートフォリオ(資産配分)を考えるのか。(聞き手:ZUU online編集部 菅野陽平)※インタビューは12月16日に行われました。
——2016年の振り返りを踏まえて、2017年はどのような年になるとお考えですか。
2016年はボラティリティ(資産価格の変動率)の大きな年でしたね。中国の不安定な為替・株式市場、Brexitそして米国大統領選などの結果が、ボラティリティを高めた要因だと考えています。2017年は2016年以上に、資産価格の変動が大きな年になると想定しています。
——それを踏まえたうえで、白井さんが考えるポートフォリオを聞かせて頂けますか。
私が今から運用するという仮定でお話をすすめたいと思います。期間はこれから15年くらいを想定します。となると大きなリスクは取りにくいので、ミドルリスク・ミドルリターンのポートフォリオとなります。大まかにはこのような配分にしますね。
25%:株式(日本と世界のインデックスを混ぜる)
10%:外債(米国10年債やドイツ・オランダ・北欧など信用力の高い欧州国の10年債を想定)
15%:日本REIT
10%:外貨預金(ユーロを想定)
20%:円建て生命保険(金利上昇に伴い商品が復活したら)
20%:円預金
現在の期待先行のトランプラリーは、アンワインド(巻き戻し)する可能性があると見ています。従って私は、2017年前半は、様子見をして過度にリスクをとる投資をしない方が良いと考えています。キャッシュを手元に確保しつつ、下落局面を拾って、2017年の年末までにこのような資産構成比率にするというイメージです。
2017年のどこかでリスクオフを想定
——2017年もどこかでリスクオフの局面があるということでしょうか。
あると思います。私は多くの海外投資家と会話しますが、みんな将来に楽観的です。大型減税と大型インフラ投資を掲げるトランポノミクスで、さらに経済成長し、株価も上昇すると思っています。しかし現在の金融市場は、トランプ政策の影の部分を織り込んでいません。
10%ほど米国10年債やドイツ、オーストリア、オランダ、北欧など欧州の国の10年債をポートフォリオに入れました。これらの資産はリスクオフ局面に買われて、債券単価が上昇する傾向があります。インカムゲインだけではなく、キャピタルゲインを考えても、保有していて良いと思いますね。
——外貨預金はユーロを想定とのことですが、世界の基軸通貨といわれる米ドルはどうでしょうか。
米ドルは、現在は高すぎると考えています(編集部注:インタビュー日の為替レートは1米ドル=約118円)。来年の前半にトレンドが逆回転し、円高ドル安になる可能性を意識しておいたほうがよいと見ています。
為替レートをみるうえで、金利差も重要ですが、その国のファンダメンタルズを表す経常収支の動向や物価の基調なども見逃せません。米国は経常収支の赤字国で、日本は経常収支の黒字国ですよね。ということは、米国は海外の資金に依存しているわけですが、通常、対外債務国の通貨は安くなります。反対に、お金を持って世界に投資している通貨は上昇するものですが、現在は真逆になっています。米国のインフレ率は1.5%程度、日本は0%前後です。米国はインフレ予想が高く、今後も米国のインフレ率は上昇していくのでインフレ格差からもドル安になりやすいと思います。
世界の色々な通貨を見ていますが、トランプ大統領就任が決定して以降、何が起きたかというと「米ドルの全面高」と「円の全面安」の同時進行です。ユーロや人民元、スイスフランは、そこまで極端な動きにはなっていません。なぜこのような状況が起こっているかというと、米国の利上げに加えて、日銀のイールドカーブコントロール政策の影響が大きいからです。
米国の金利は緩やかに上昇する一方、日銀は10年国債の金利を0%近辺で固定する政策を掲げているので、金利差拡大観測から円安ドル高が進んでいます。しかしファンダメンタルズを見たら逆じゃないですか。金利差だけで説明されてるものが崩れたとき、逆回転する可能性は高いと見ています。
私にとっては、現在の米ドルは高すぎるので、米ドル預金は新たには増やさないですね。反対にユーロは安いと見ています。中長期的にユーロは上昇していくと思っていますね。また、ショートポジションを持てる人であれば、中国人民元の空売りも検討したいところです。ここ1〜2年、中国からは資金流出が続いていて、当局が必死に阻止しようとしていますが、この大きな流れは変わらないと見ています。
——REITに関しては世界REITではなく日本REITですね。
日本の金利は大きく上がらないと思っています。成長期待やインフレ期待が米国ほど高くないからです。基本的に、長期金利とREIT価格は、逆相関の関係にありますし、今後はオリンピック関連の不動産投資も加速し、日銀のRIET買い入れもしばらく続きそうですから、日本REITはまだ大丈夫だと見ています。ただ米国REITは、すでに不動産価格がかなり高騰しており、しかもFRBの更なる利上げが確実視されていることもあって資金調達コストが上昇しており、ちょっと危ないかもしれません。
——株式はインデックス中心とのことですが、あえて業種を挙げるとどうでしょうか。
あえて挙げるとすれば、金融株ではないでしょうか。今まで世界的に低金利だったので、金融機関の収益は圧迫されてきた。それが、2016年夏頃をボトムに世界的な金利上昇傾向になってきたので、どうしても個別株を持つとしたら、国を問わず金融株だと思います。
日本の個人投資家は健全なリスクを取って資産運用して欲しい
——最後に、ご覧頂いている個人投資家の方へ何かメッセージを頂けませんでしょうか。
私が日銀に入行する前から思っていたのは、一般的に、日本人はリスクを取らない。その理由は、平成バブルが崩壊して以来、地価も株価も一度たりとも高値を更新していないことも起因していると考えています。何十年も前の高値を更新できていないのは日本くらいだと思うんですよ。
高値更新という成功体験がないので、日本全体がやや諦めているように感じます。だから家計の金融資産が1700兆円くらいあっても、まだ50%を超える部分が、現金や預金として眠っている。ただ、日本の年金制度を見ても、決して安泰な老後を保証してくれるわけではありません。
年金だけでは十分に生活できないとしたら、自助努力で老後の資金を形成する必要があります。子育てでお金がかかる方も多いと思いますけど、若い世代ほど投資期間が長いのでリスクが取れます。今はNISAや個人型DCといった国の後押しもありますし、昔と違って個人投資家が持てる金融商品にも幅があります。年齢に合わせた健全なリスクを取って、資産運用をして欲しいと思います。
白井さゆり(しらい・さゆり) 1993年コロンビア大学大学院・経済学研究科博士課程修了後、国際通貨基金(IMF)エコノミストを務める。パリ政治学院・客員教授、慶應義塾大学・総合政策学部教授を経て、2011年4月日本銀行・政策委員会審議委員に就任。2016年3月退任後、アジア開発銀行研究所客員研究員に就任。9月より慶應義塾大学・総合政策学部教授。