政府は人口の東京一極集中を是正するため、東京23区内にある大学の新増設抑制策を検討する有識者会議を近く設置する。山本幸三地方創生担当相の下で具体策を議論し、夏をめどに取りまとめる方針。委員には元総務相で東京大公共政策大学院の増田寛也客員教授らの名前が取りざたされている。
しかし、首都圏の大学は18歳人口の減少に備え、都心回帰の動きを強めている。政府がよほどの本気度を示さない限り、中央省庁や民間企業本社機能の地方移転と同様に、絵に描いた餅に終わりかねない。
有識者会議を設置し、移転促進策を議論
東京23区にある大学の地方移転は2016年11月、全国知事会が政府に要請した。若者が地方から首都圏へ流入するのは、主に大学進学か、就職時。特に首都圏の大学に進学したまま、都内で就職するケースが目立つことから、23区内での大学新増設を抑制し、地方移転を促進させるのが狙いだ。
全国知事会は大学の東京一極集中是正を求める緊急決議をするとともに、11月の政府主催の全国知事会議で首都圏だけが若者を中心に転入超過を続けている実態を挙げ、地方への大学移転促進に向けて特別な財政措置を講じるよう求めた。
全国知事会会長の山田啓二京都府知事は「大変な一極集中が起きている。地方大学の振興に向け、抜本的な対策をお願いしたい」、知事会地方創生対策本部長の古田肇岐阜県知事は「東京の大学の新増設を抑制し、若者の東京一極集中に歯止めをかけるべきだ」と訴えている。
政府は年末の「まち・ひと・しごと創生会議」で地方の若者が東京に流出する理由を「地域ニーズに対応した高等教育機関の機能が不十分」と指摘、2017年夏をめどに地方大学の振興策をまとめると同時に、東京23区内にある大学の移転促進策を検討することを決めた。
その具体案検討の場所になるのが有識者会議で、大学関係者や地方自治体の首長ら12人程度を起用する予定。月に1、2回の会合を開き、企業経営者からも意見を聴取して政府に提言する。
2016年も三大都市圏で首都圏だけが転入超過
総務省の2016年住民基本台帳人口移動報告によると、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県を合わせた首都圏は11万7868人の転入超過になっている。転入超過数は前年に比べて1489人少なく、5年ぶりに超過数が減少した。
首都圏の転入超過はこれで21年連続。2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災後、首都圏への転入超過数が減少していたが、緩やかな景気回復に伴い、転入超過が広がり、ほぼリーマンショック前の水準に戻りつつある。10代、20代という若い世代の転入が多いのは2016年も変わらない。
これに対し、三大都市圏のうち、大阪府、京都府、兵庫県、奈良県の大阪圏、愛知県、岐阜県、三重県の名古屋圏は、4年連続の転出超過状態。首都圏への若者の流出が影響したとみられている。
都道府県別で転入超過となっているのは、首都圏4都県と愛知県、大阪府、福岡県だけ。東京都の7万4177人が最も多かった。転出超過の40道府県では、北海道の6874人、熊本県の6791人が大きかった。
総務省国勢統計課は「若い世代を中心とする転入超過が続き、東京一極集中がさらに加速している」と分析している。
首都圏の私大に都心回帰の動き
首都圏では大学のキャンパス再編が相次ぎ、都心回帰の動きが加速している。これまで広いキャンパス用地を求めて郊外へ移転していたが、大学進学者が再び減少に転じる「大学の2018年問題」を前に、志願者数を増やすために都心へ戻ろうとしているわけだ。
中央大は中長期事業計画の中で1978年に都心から東京都八王子市へ移転した文系学部のうち、法学部を再び都心へ戻す方針を示している。法学部は中央大の花形学部で、多くの司法試験合格者を輩出してきたが、移転後はブランド力の低下がささやかれている。狙いは都心回帰でのブランド力アップとみられる。
大学の都心回帰は都心部への人口集中を抑制するために施設の拡大を規制した工場等制限法が2002年に廃止されたのがきっかけになった。青山学院大は文系7学部を青山キャンパスに、東洋大は文系5学部を白山キャンパスに結集した。
実践女子大は2014年、文学部、人間社会学部、短期大学部の全学生を郊外の日野キャンパスから都心の渋谷キャンパスに移し、移転前年から移転直後に志願者が急増した。学校法人実践女子学園企画広報部は「渋谷は交通の便が良く、学生に喜ばれている」という。
こうした状況の中で、政府が強い抑制策を打ち出したところで大学側が地方移転に同意するとは考えにくい。むしろ、少子化で競争が激しくなっている大学経営の自由度を損なうことにもなる。
中央省庁や民間企業本社機能の地方移転では、官僚の抵抗や企業の無関心からほとんど効果を挙げられなかった。東京大やお茶の水女子大の地方移転を検討するぐらいの強い覚悟が政府になければ、今回も掛け声倒れに終わる可能性が濃厚だ。
高田泰 政治ジャーナリスト この筆者の
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関西学院大卒。地方新聞社で文化部、社会部、政経部記者を歴任したあと、編集委員として年間企画記事、子供新聞などを担当。2015年に独立し、フリージャーナリストとしてウェブニュースサイトなどで執筆中。マンション管理士としても活動している。