ケイト・スペード
(写真=Sorbis/Shutterstock.com)

明るくカラフルな意匠のバッグやシューズ、婦人服、アクセサリーで、独立した女性のライフスタイルをよりハッピーにしてくれるブランド「ケイト・スペード・ニューヨーク」。この世界中の女性があこがれるブランドに、身売り話が持ち上がっている。なぜ今、売却なのか。誰が買収するのか。現在進行中のディールを追ってみた。

ケイト・スペードのファッション性とメッセージ性

シックで華やか、それでいて遊び心のあるイメージで、女性の心をわしづかみにする「ケイト・スペード・ニューヨーク」。バッグに目がなかった米ファッション雑誌『マドモアゼル』の編集者、ケイト・スペードが1993年に立ち上げたブランドだ。

スペードは、自らがバッグのトレンドを極めているだけに、どのようなデザインを施せば女性が喜ぶか知り尽くしていた。英語で「bow」と呼ばれるリボンを多用し、そうした商品に「beau(フランス語で恋人の意、英語のbowと同じ発音)」というネーミングをする遊び心と茶目っ気もある。

彼女が心がけたのはシンプルかつ華やぐ雰囲気でありながら、どのようなシーンにもマッチする実用性だった。素材も、幅広いアイテムを自在に組み合わせ、競合がマネをしにくい独特なものだ。気持ちを明るくしてくれる雰囲気がウリだ。

このコンセプトが大当たりした。「ケイト・スペード・ニューヨーク」は、瞬く間に有力ブランドへと成長を遂げたのだ。同社ファッションの最新商品は、ニューヨーク・コレクションにも出展されている。日本にも関東地区を中心に積極的に出店し、好調だ。取り扱う商品もバッグから靴、アクセサリー、サングラス、アパレル、果てはインテリアグッズや食器まで、充実したラインナップを誇るようになる。

顧客に喜ばれているのは、デザインや実用性だけではない。「働く女性も使いやすい」という、洗練されたキャリア・ライフスタイルの提案と応援そのものだ。お値段は少々高いが、女性の力強い味方として、圧倒的な支持を得ている。派生ブランドに、男性向けの「ジャック・スペード」がある。

「ケイト・スペード・ニューヨーク」のメッセージ性は、企業として政治的な立場をとることを厭わない姿勢にも表れている。例えば、トランプ新政権の人工妊娠中絶反対の政策に対し、米国ファッション協議会(CFDA)の一員として、非営利団体「プランド・ペアレントフッド」とコラボした中絶支持キャンペーンを実施している。

買い手はコーチかマイケル・コースか、それとも?

「ケイト・スペード・ニューヨーク」は、1999年に百貨店のニーマン・マーカスの傘下に入り、2005年にはキャリアウーマン向けのコレクションで有名なリズ・クレイボーンの企業グループに転売された。

しかし、リズ・クレイボーン・グループの一部となった「ケイト・スペード・ニューヨーク」は、投資家から見て成績が冴えず、たびたび売り上げターゲットや収益目標を外してきた。そのため「物言うヘッジファンド」カイロス・インベスターズを中心とする株主たちは、同社が新しい経営陣の下で、新たな成長を狙うべきだと要求するようになったのだ。

「ケイト・スペード・ニューヨーク」は、利潤が目標に届かないことはあるものの、ブランド力自体は非常に健全なことが、買収を魅力的にしている。また、販路が多く巷に商品があふれ出てしまった競合ブランドと違い、「ケイト・スペード・ニューヨーク」には、まだ希少感が残っている。直販店だけでなく、第三者店舗や海外での販路拡大に期待が持てるのだ。さらに、手持ちの現金も3億1000万ドルと潤沢で、安定感がある。

では、「ケイト・スペード・ニューヨーク」の最終的な買い手は、どの企業になるのだろうか。米メディアや米投資サイトなどは、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン、リシュモン、コーチ、マイケル・コースなどを有力候補として挙げてきた。

こうしたなか、ロイター通信が2月24日に報じたところによると、ニューヨークに革小物工房として1941年に誕生し、70年以上の歴史を誇るライフスタイルブランドの米コーチと、1981年の創業で、世界中のセレブリティを虜にするラグジュアリーブランドとして確固たる地位を築いてきた米マイケル・コースが買収入札の第2ラウンドを通過した。この他、「ある海外ブランド」も通過しており、最終結果が出るのは1か月先のことになるという。

関係者の話では「ライフスタイル各社は、選択肢が増えすぎてバッグなどを買わなくなっている消費者に、他にはないユニークな商品を提供できるケイト・スペード・ニューヨークを欲しがっている」という。

もしコーチが買収に成功した場合、専門家たちは「コーチは店舗内販売の向上、アウトレット改装、供給網の改善やノウハウをケイト・スペード・ニューヨークに提供できる」と見ている。

一方、マイケル・コースは国際的なノウハウやファッションのコンテンツ展開に長けており、「ケイト・スペード・ニューヨーク」を買収すれば多大な相乗効果が見込めるという。

いずれにせよ、急速すぎる展開で自らの商品の希少性を損ねてしまったコーチやマイケル・コースにとって、両ブランドほど簡単に入手できない「ケイト・スペード・ニューヨーク」のブランド力と、若い顧客へのアピールは、のどから手が出るほど欲しいものだ。

三つ巴の「ケイト・スペード・ニューヨーク」争奪戦のなか、同社の株価はここ4週間で28%も上げ、投資サイトの多くは「買い」を推奨している。株主のカイロス・インベスターズなど投資家にとっては、非常においしい展開となってきた。しかし、買収後の「ケイト・スペード・ニューヨーク」の希少性は大規模展開で失われ、ヘッジファンドなど投資家だけが満足のいく結果に終わるかもしれない。(在米ジャーナリスト 岩田太郎)