人口減少時代を迎え、若者の定住促進を図りたい関東、甲信越の地方自治体が、新幹線通勤代の補助制度導入を相次いで始めた。毎日のつらい満員電車通勤から解放され、家族と触れ合う時間を持てるのが、新幹線通勤最大のセールスポイントだ。
関東、甲信越地方でも東京一極集中の影響で20代、30代の若い世代が流出し、社会の高齢化が深刻になってきた。2016年の税制改正で通勤代の非課税限度額が月10万円から15万円に引き上げられたこともあり、各自治体とも補助制度を活用して若者を呼び込もうと懸命にPRしている。
熊谷市は40歳未満に1カ月最大2万円の補助
埼玉県北部の熊谷市は2016年4月から新幹線通勤代の補助制度を始めた。補助額は新幹線定期代から通勤手当を引いた残りの半額分で、上限が1カ月2万円。対象は市内に転入して住宅を確保し、最低5年以上居住する意思がある40歳未満に限定している。
2016年度は30代を中心に5人が利用した。2017年度は既に4人から申請が出ており、今後補助するかどうかを審査する。
JR熊谷駅から東京駅までは上越新幹線で約40分。1カ月の通勤定期代は約7万円になる。2016年度に利用した女性のケースだと、勤務先から5万円ほどの通勤手当が支給されたため、市の補助を受ければ自己負担が毎月1万円ほどで済んだ。新幹線だと座って通勤できることから、会社の資料に目を通すなど有意義に過ごせたという。
市の人口は19万8000人。埼玉県は人口増加が続く首都圏の一角に位置づけられるが、市の人口は1995年をピークに減少に転じている。若い世代が東京都やさいたま市など県南部へ流出しているからだ。市は県北部の6市町と推進協議会を設立し、若者の定住促進に力を入れている。
熊谷市企画課は「埼玉県北部は将来の人口予測でも大幅な減少が推計されている。1人でも多くの若者に定住してもらい、地域の明るい未来を開きたい」と導入の狙いを語った。
長野県佐久市は2014年度から3年間の時限措置として、住宅取得補助金を申請した転入者に対するオプションで新幹線定期代を年最大30万円補助してきた。2017年度は新たに補助制度を創設し、同様の補助を継続している。補助期間は最長3年間になる。
市は人口9万9000人。北陸新幹線の開通で東信地方の中心都市として発展してきたものの、人口は2010年をピークに減少に転じた。JR佐久平駅から東京駅までは約1時間15分で、市は施策を地道にPRして定住促進につなげたい考えだ。
湯沢町は月上限5万円、小山市は6月ごろから導入を予定
2016年8月から補助制度をスタートさせたのが新潟県湯沢町だ。川端康成の小説「雪国」の舞台となり、苗場スキー場やフジロック・フェスティバルで知られる。人口は8000人。1975年の1万1000人をピークに減少の一途をたどっている。
町に住宅を購入して移住した人らを対象に、月5万円を上限に新幹線定期代と通勤手当の差額の半額を補助している。補助期間は10年間。転職せずに移住を検討している人を呼び込むのが目的だ。
利用者は1人だけだが、湯沢町企画政策課は「JR越後湯沢駅から上越新幹線で東京駅へ向かえば、通勤時間は約1時間半。湯沢に移住しても転職の必要がない」と呼び掛けている。
栃木県小山市は6月ごろをめどに補助制度を導入する方針。新卒者ら若い世代を対象に月1万円程度の補助をする方向で、具体的な内容を詰めている。
市は人口16万7000人を数え、県内第2の都市として人口増加を続けている。しかし、20代前半の若い世代は東京流出が続き、市にとって若者の流出防止が大きな課題になってきた。
JR小山駅から東京駅までは東北新幹線で1時間足らず。小山市工業振興課は「若者に市内へとどまってもらう方策が新幹線通勤代の補助制度。若者の定住を促せる制度に仕上げ、流出に歯止めをかけたい」と意気込んでいる。
ヤフーなど一部企業にも補助制度導入の動き
新幹線通勤のメリットは、座席にゆったり座って通勤できることだ。早朝の車内は乗客が少なく、仕事の準備や読書などで他の乗客に気兼ねせずに時間を使える。在来線より大雨や強風に強く、運休が少ないことも挙げられる。
終電時間は午後10時台から11時台。在来線より少し早くなるが、思いのほか遅い時間まで運行している。残業を早めに切り上げ、仕事のオン、オフをはっきりさせるのには好都合だろう。自然豊かな地方で暮らしながら、都心で働くライフスタイルは、新しい働き方の実践になるかもしれない。
新幹線通勤を補助する動きは自治体だけにとどまらない。インターネット大手のヤフー<4689> は2016年10月から導入し、通勤に2時間以上かかる従業員に対して月に15万円を上限に支給している。柔軟な働き方を採用し、優秀な人材の確保につなげたい考えだ。
ただ、こうした動きが経済界全体に広がっているわけではない。中小企業だと、高額の新幹線通勤に十分な手当を支給できないところが大半だ。補助制度を打ち出した自治体への申請も少数にとどまっている。佐久市観光交流推進課は「企業に新幹線通勤への理解がもっと深まらないと、定住者は簡単に増えないだろう」と厳しい見方を示した。
高田泰 政治ジャーナリスト
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関西学院大卒。地方新聞社で文化部、社会部、政経部記者を歴任したあと、編集委員として年間企画記事、子供新聞などを担当。2015年に独立し、フリージャーナリストとしてウェブニュースサイトなどで執筆中。マンション管理士としても活動している。