北朝鮮情勢の緊迫化に加えフランスの大統領選や米国のトランプ政権の政策などの不透明要因が相場の重石となった4月。そのような「不確実性」の高まりに鑑みて、僕は緊急レポートを出して、株式のウェイトを下げ現金比率を高めるように推奨した。

結論から言えば、波乱は起こらなかった。むしろ、フランス大統領選の第一回目投票が無難な結果となったことをきっかけに4月下旬から急速に値を戻す展開となった。僕の推奨に従って株を手放した投資家は値上がりを獲り逃したことだろう。

推奨が間違っていたとは思わない。今後も同じような局面があれば、迷わずポジションを落とすことを勧める。プロの投資家は、この先の相場が上がるか下がるかを予想して、その方向性だけに賭けるというような投資をしない。なぜなら「予想は外れる」ということを大前提としているからだ。フォローアップのレポートでも述べたが、「下がるから売り」だとは言っていない。「万が一、リスクシナリオが示現したら暴落となる恐れがある」から売るべきだ、と述べた。

では、そのリスクシナリオが実現する可能性はどれくらいか?わからない。だが、わからなくなったら「売り」である。確信度が揺らいだら、いったんポジションを落とす。迷ったら売る。これは自分のなかの鉄則である。自分の信条をお伝えしたまでで、それに従うかは(当たり前だが)投資家ご自身の判断である。

天気予報で「降水確率が80%」といわれれば、傘を持って外出するだろう。それで、雨が降らなければ、「なんだ、天気予報で雨が降るというから、傘を持ってきたのに。天気予報は外れたな」とたいていのひとは思うだろう。でも、天気予報は外れたわけではない。「降水確率80%」という意味は、「雨が降らない確率は20%」とも伝えているのだ。「降水確率80%」でも5回に1回は雨が降らない日がある。相場も似たようところがあって、リスク要因が多くあっても、必ずしも下がるわけではない。

上の天気予報の例と、今回の相場の違いは、天気予報では降水確率が明示的に80%と示されるが、相場ではダウンサイド・シナリオの確率が明示的にわからないところである。発生確率は低いのかもしれない。しかし、万が一起きたら壊滅的なダメージとなる。それをテールリスクと呼び、そもそも発生確率すらわからないことをフランク・ナイトの定義による不確実性ということは既に述べた。何もわからないが、もしも起きたら大変な事態となる。そういう事態は避けるのが賢明である。

ロシアン・ルーレットだと思えばよい。弾倉が6発のリボルバーなら絶対にやらないが、弾倉が100発あればどうか、1000発なら?おそらく何発であろうと、弾に当たる確率が天文学的に小さくてもやらないはずである。確率×リターン=期待値が限りなくおおきなマイナスだからである。すなわち、どこまでいってもギャンブルだからだ。

命を賭けるのと投資は違うというだろう。だが、あなたの資産は大切なものに違いない。それともギャンブル的な発想で投資をしているのですか?

これも、何度も書いたことだが、重要なので、また書いておく。

「ときとして間違った判断が成功に結び付くことがあれば、きわめて正しい判断が失敗に終わることもある。しかし、長い目で見れば、より深く考え抜いたうえでの意思決定は、全体としては望ましい結果につながり、結果そのものよりも、いかに検討を加えて意思決定が行われたかが評価されることになる」(ロバート・ルービン「ハーバード大学での講演」)

これが天才トレーダーの考え方である。もうひとり、天才トレーダーの言葉を紹介しよう。リスク管理についての考え方だ。

● コントロールができないような局面では決してトレードしないこと。
● トレードで最も重要なルールは巧みな攻撃をすることではなく、巧みな防御をすることだ。
● 全てのものはそれを創るのにかかった百倍の速さで破壊されるものだ。十年かかって創り上げたものもたった一日で崩壊する。
● カネ儲けに執着するな。自分が手にしたものを守ることに執着せよ。

ポール・チューダー・ジョーンズの言葉である。どう考えても予想もつかないリスクが満載で、かつゴールデンウィークの休みが控えるなかで自分のポジションをコントロールするのは難しい。ここは守りに徹する局面だと考えた。

投資やトレーディングではリスクをとってリターンを追求することは重要である。と、いうか、それが投資の目的である。しかし、「損を避ける」ということも同じくらい大切である。

「結果的に何も起こらなかったじゃないか」「結局、相場を読み間違ったくせに」「安いところで売らされて頭にくる」 - いろいろな批判は甘んじて受けるが、すべて「結果論」である。「結果がすべて」というひとがいる。僕はそう思わないし、上の例からわかるようにトレードの天才 - すくなくともルービンとチューダー・ジョーンズは決してそう考えないだろう。考え方も、ひとそれぞれだから、決して押し付けるつもりはないので、悪しからず。

さて2万円が指呼の間に見えてきた日経平均の上値余地だが、短期的にはいいところだろう。日経平均は昨日時点で25日移動平均からの乖離率が5%を超え、過熱感も出ている。決算発表が本格化して日経平均の今期予想EPSは1,270円程度まで上昇してきた。これをどこまで評価できるかだが、一昨年(2015年)12月に一時的に2万円を回復した時のPERが15.7倍。さらにその前、6月にアベノミクス相場開始以来の高値、20868円をつけたときで16.6倍である。仮にこれに並ぶバリュエーションを付与できれば2万1000円を超える。16.6倍は実は昨年12月にも一度つけた水準だが、そこから3月まで相場は横ばいで推移した。PERの上限が16.6倍ということである。

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向こう3カ月程度(すなわち次の四半期決算発表までのスパンで)アップサイドはここから1,000円程度か。

決算発表も今週で佳境を過ぎるが、ここからは材料難になる。この水準を維持できれば上出来だが、材料出尽くしで戻り売りに押される展開もあり得るだろう。ダウンサイドも同程度あるだろう。

日経平均の変化幅の期待値としてはゼロ程度か。ここで無理にリスクをとりにいく必要はないだろう。押し目を待てばよいと思う。

広木隆(ひろき・たかし)
マネックス証券 チーフ・ストラテジスト

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