米投資銀パイパー・ジャフリーが発表する毎年恒例の『米ティーンのお気に入りチェーン店ランキング』で、2017年にサプライズが起きた。
高収入家庭のティーンの間で7年連続首位を維持していたコーヒーのスターバックスの12%に、フライドチキンのチックフィレイ(Chick-fil-A)」が12%で並び、タイの1位を獲得したのである。一方、平均的収入家庭(年収6万6000ドル)の子女ではスターバックスが12%で断トツの首位、チックフィレイは7%で2位となった。
この調査は平均年齢16歳の全米5500人の意見に基づいている。食費は彼らの総支出の24%を占め、アパレルの19%より大切なこともあり、チックフィレイのブランド力向上は大きな意味を持つ。
高収入家庭のティーンの間で、一般的に油っこく不健康なファストフードとされる南部発祥のフライドチキンのチックフィレイが、米太平洋北西部発のオシャレで洗練された雰囲気のスターバックスに並んだということは驚きだ。
より興味深いのは、伝統的保守の政治を公的に支持するチックフィレイが、先鋭的なリベラルの政治を打ち出すスターバックスに並んで支持されるようになったこと。米国におけるリベラル派の退潮と保守派の台頭という政治の縮図が象徴的に表れているからだ。
このランキングは単なる食べ物の嗜好や流行り廃れにとどまらず、政治的主張を隠さずに前面に打ち出す企業が人気になるという、従来からの常識を覆すトレンドの表面化でもある。企業は分裂をもたらしやすい政治に関与せず、保守やリベラル双方の顧客に好かれようとするものだったからだ。チックフィレイやスターバックスが人気の上位に来ることは、企業が「政治的理由で顧客に嫌われることを怖れない」選択で成功している証でもある。
そうした風潮の中で、なぜ米国の若い人たちは、スターバックスに飽きて、チックフィレイを選ぶようになってきたのか。その秘密に迫ってみよう。
「ヘルシーなおいしさと楽しさ」の差別化
米国人に「チックフィレイ」といえば、まず彼らが思い浮かべるのは、名物の「元祖チキンサンドイッチ」である。
単なるフライドチキンがメインのケンタッキー・フライドチキンとは路線が違う。チックフィレイでは、衣をまとわせたチキンブレスト(胸肉)を、短時間でさっと揚げることのできるピーナッツ油で調理しているので、一般的なベタベタと油っこいフライドチキンではなく、さっぱりジューシーな仕上がりとなっているのが特徴だ。このヘルシーさが、老若男女を問わず受け容れられる秘密。健康志向のティーンにも魅力的なのである。
また、チキンを出すチェーンであるにもかかわらず、メインキャラには3頭の牛が採用されている。食肉になる運命の彼らが「モォーっとチキンを食べておくれ(Eat Mor Chikin)」と書かれたプラカードを持って命乞いをするというユーモアあふれるマーケティングで、牛肉ハンバーガーを提供するライバルチェーン店から客を奪う戦術だ。
通常フライドチキンは調理に時間がかかるが、ピーナッツ油の採用で客に商品を出す時間が短縮されており、マクドナルドやバーガーキングに比べても遜色がない。ポテトフライには、普通のものとワッフルスタイルが用意されており、好みで選べるようになっている。健康なチキンサラダも提供している。
店内は清潔に保たれており、油のついた手を拭うウエットティッシュが常備されている。また、スタッフは客に愛想を振りまくよう訓練されており、店内は楽しい雰囲気だ。これは、ドライブスルー開設やアプリでの商品事前注文を捌き切れず、待ち時間増加などサービス低下が不評なスターバックスとは対照的だ。
本社を南部ジョージア州アトランタ市に構えるチックフィレイは近年、全国展開を強化しており、コスモポリタン都市ニューヨークの複数の店舗も絶好調である。ライバルのケンタッキー・フライドチキン1店舗当たりの平均年間売上が96万ドルであるのに対し、より少ない店舗数で奮闘するチックフィレイは310万ドルと、圧倒的な差をつけている。顧客の多くがティーンであることは言うまでもない。
さらにティーンがチックフィレイを贔屓にする理由として、有名な「開店キャンプアウト」の伝統を持つことが挙げられる。開店時、最初の100人の顧客に52回分の無料食事券が手渡される。およそ300ドル相当の価値があり、懐がさみしい若者たちが夜を徹して店の前に並ぶことから「キャンプアウト」と呼ばれるようになった。楽しさやバリューが、そこにはある。
このように、チックフィレイは他のファストフードチェーンとの「ヘルシーなおいしさと楽しさ」の差別化で、若い消費者に絶大な支持を得るようになり、全米第5位のファストフード店に成長したのだ。その勢いには、スターバックスもかなわない。
不評な政治的立場でも増収増益
こうして評判上々のチックフィレイだが、政治的論争に巻き込まれている。同社のダン・キャシー社長は敬虔な南部バプティスト教徒であり、聖書の教えに従い、安息日の日曜日にはチックフィレイと従業員は休みを取る。これは、休息の概念がなくなった米サービス業において尊敬されるべきことだ。
だがキャシー社長は、宗教的信念に従い、同性婚への反対まで表明した。(店舗において同性愛顧客は差別しない方針で、実際にそのような差別事件は起きていない。)これに憤ったリベラル派のボイコットが起きる一方、保守派がチックフィレイ応援のため大挙して店に押しかけ、結果的に売り上げが伸びることとなった。
ポリコレ社会の米国において、同性婚への反対を公言することは社会的自殺に近い。だから、最新の世論調査などでも同性婚支持は史上最高の70%台である。だが、内心そうした意見の自由がない雰囲気に反発を感じる人も多く、トランプ大統領の誕生やチックフィレイの増収増益につながっているように見える。
同性婚への支持を強く打ち出したスターバックスと並び、最近の米国では政治的アイデンティティーをはっきりさせた企業の方が、好まれる傾向にあるようだ。客を失うことを怖れて「八方美人」になるのではなく、政治的主張を強めても、収益は悪影響を受けないことを、ティーン人気ナンバー1のチックフィレイとスターバックスは示している。
ヘルシーなおいしさ、楽しさ、質の高いサービス、そしてブレない政治的立場で、チックフィレイは米国の10代の心を鷲掴みにした。高収入家庭の若者の人気において保守派が経営する同社がリベラルなスターバックスとタイの1位になったことも、米国の政治的変化の象徴なのかもしれない。(在米ジャーナリスト 岩田太郎)