「経済を動かしているのは地理である」--。初の一般向けビジネス書をこう書き出したのは、代ゼミの名物地理講師、宮路秀作氏だ。近著『経済は地理から学べ!』(ダイヤモンド社)では、「なぜトランプ大統領はTPPから離脱するか」「なぜインドの若者はIT技術者を目指すか」「なぜ中国が一人っ子政策をやめたか」といった因果関係を解明するヒントが「地理」にあると説く。

地理といえば、地名や地図記号、世界各国・地域の特産物・生産物、輸出入額や貿易相手国の関係を「暗記」する科目だと思っている人もいるかもしれないが、決してそうではない。そして大人だからこそ、ビジネスや投資で活躍している大人だからこそ、地理を学ぶべき理由がある。著者の宮路先生に、地理を学ぶべき理由について聞いた。(聞き手:濱田 優 ZUU online編集長)

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(写真=ZUU online編集部)

プロフィール
(みやじ・しゅうさく)代々木ゼミナール地理講師。鹿児島県出身。「東大地理テスト演習」などの講座を担当、一部講師しか担当できないオリジナル講座も任され、全国の代ゼミ校舎にVOD(ビデオ・オン・デマンド)配信されている。地理を通して現代世界の「なぜ?」「どうして?」を解き明かす授業は9割以上の生徒から「地理を学んでよかった!」と好評。対面授業、サテライン授業あわせて1週間で2000人以上の生徒を指導。著書に『カリスマ講師の日本一成績が上がる魔法の地理ノート』(KADOKAWA/中経出版)、『高校地理をひとつひとつわかりやすく。』(学研教育出版、現:学研プラス)などがある。

初版で8000部、既に10万部に迫る勢い

――これまで学生向けの受験参考書の著書はあっても一般書は初めてとうかがいました。地理の本を社会人向けに執筆された狙いは何でしょうか?

つねづね日本は地理教育がなおざりだと感じていて、そこに一石を投じたいと思っていたんですね。直接のきっかけは「執筆しませんか?」と声をかけていただいたことで、当初の企画は『地図で学ぶ日本経済』というものでした。どうやら多くの出版社では「地図を絡めないと地理の本は売れない」といわれているらしく、地図をからめたビジネス書のご依頼を頂きました。それで、「浜松市の地理的特性を活かした経済発展」など、ネタも出したのですが、そのときは一旦、企画は流れてしまいました。

その後、日本だと対象が狭いので世界に広げてまたつくりなおし、その際に「地図」ではなく「地理」を推す形で企画を進めました。

――発売から3カ月で既に6万部は、本が売れないといわれる時代にすごい数字です。ことにビジネス書で5万部を超えるのはとても注目されているということですね。

2013年に『経済は世界史から学べ!』(著者は駿台予備校世界史講師の茂木誠氏)が出て、こちらが売れていたという背景があるのですが、本書(『経済は地理から学べ!』)は初版で8000部刷っていて、2刷で2万部の重版をかけていただきました。

――初版で8000部は驚きです。出版社も相当気合が入っていますね。

初版で8000部は驚きましたが、発売3日で増刷がかかってよかったです。後になって知ったのですが、ビジネス書って、年間で200冊つくって5万部超えるのは10冊もない世界と聞いて驚きました。

ただ売れているという実感はあまりなくて、他人ごとのようにも感じていたんですね。ただ最近、ラジオ番組などにも呼ばれるようになって、少しずつ「たくさんの人に読んでいただいているんだな」と感じ始めています。

いい本を書いたという自負はありますけど、なぜここまで売れたのか分からなかったんです。ただ分析してみると、おそらく類書がないからではないかなと。歴史に関係したビジネス書はたくさんありますが、地理はないんですよ。編集者の中村明博さん(ダイヤモンド社)は、傘が売れていない地域で逆に「売れてないんだからいっぱい売れるチャンスがある」っていう発想だったようですが、中村さんの読み勝ちじゃないかなと思います。

『高杉さん家のおべんとう』は地理関係者界隈で大人気だったが……

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(写真=ZUU online編集部)

――先生はずっと学生に地理を教えていらっしゃいますが、日本の地理教育に対する不満や改善点などありますか?

地理教育の一番の課題は、多くの大学で受験科目に地理が置かれていない、だから選択されないという点です。地理を学ぶ機会がなければ、地理教育の重要性を問うことすらできません。よく理系の学生は、センター試験だけは社会科目が必要なため、暗記する量が少ないからという理由で地理を選ぶことが多いといいますが、そういう発想はそもそも間違っていると思います。

新刊を献本したお茶の水女子大学の長谷川直子先生(人間文化創成科学研究科准教授、文教育学部人文科学科地理学コース)からメールが来て、お会いしたんですね。長谷川先生は日本地理学会で地理教育や地理学を外にアピールするグループ(地理学のアウトリーチ研究グループ)をつくった方で、問題意識は同じだったんです。今回の本が縁で、僕も末席に加えて頂いています。

それは、大学受験における地理の位置づけがよくないこと、地理を学んで地歴(地理・歴史)の教員免許を取った先生が少ないことです。つまり社会科の教師でも、専門はあくまで歴史で、地理も教えているといった具合なワケです。これでは授業で地理の面白さや魅力が語れるわけはないし、地理学徒も増えていきません。代ゼミでも地理の講座は少ないのですが、それは受験者数が少ないからですね。

だから「世界のことを学ぶ」となると「世界史」という図式になり、「日本人だから日本史」となる。それが間違いというわけではないけれど、「日本人だから日本の地理」も必要だとなぜならないのかと。

ただそういう矛盾を、みんな気付いていないんです。先日、大阪大学の入試問題で、エジプト文明、インダス文明、メソポタミア文明が発展した経緯を、その地域の自然環境などからまとめて、150字で書けという問題があったんです。そこで「それは世界史じゃないか」という人は間違っている。歴史的な話であったとしても、その時代の地理の積み重ねが、歴史を紡ぐわけであって、この問題は「その時代の地理」を問うているんです。「昔のことだから、それは世界史だ」と言ってる人がいるはずなので、そういう認識のおかしなところを正していきたいんです。世界史も地理も万能ではなくて、自動車の両輪のようになっていければいいなと、いつも思ってます。

ながらく地理学の界隈は負のスパイラルに陥っている。実は僕も学生時代には地理学会に入っていたんですが、やはり業界内だけで地理学は面白い・重要だと言いあっていても広がらない。これからは外部にアピールしていかなければいけないと痛感しています。

――具体的にどうすればいいのでしょうか。

一番いいのは、大学側がもうちょっと地理を受験科目に指定してくれればいいのですが。特に早慶をはじめとする人気の大学が地理を受験科目に置いてくれれば、地理を選択する生徒が増えますし、そうすると学ばざるを得なくなります。まずは、そこからだとは思うんですよね。地理を受験科目として選べるのは、早稲田大学は教育学部だけ、慶應義塾大学は商学部だけです。両学部は全然毛色が違うだけに、これではなかなか地理選択者は増えません……。

――大学を含む関係者に重要性をどうやって認識してもらうか……。

認識せざるを得ないような状況を作ってやろうと思っているんです。だからこうして積極的に書籍の出版やラジオ出演、もしかしたらテレビなどにも企画を提案して、世の中の流れを作ってしまえば、彼らも無視できなくなる。そういう大きな野望は持っています。地理学のアウトリーチの強化ですね。

実は僕はずっと小説を書きたいと思っているんですが、ビジネス書以外にもそういうメディアを使ったアプローチってできると思うんです。『高杉さん家のおべんとう』(柳原望作、2009年5月号-15年6月号まで『コミックフラッパー』にて連載。コミックス全10巻)というマンガがあるんですが、主人公が地理学者なんですね。あれは地理関係者の界隈ではすごく話題になったし、作者には2014年度日本地理学賞(社会貢献部門)も贈られているんです。これはいい作品なんですが、学会を初めとした関係者は、こういうものをもっと外に発信していかなければいけない。こう言ったらお叱りを受けるかもしれませんが、社会の大きなムーブメントを地理でつくる、その努力を地理学に携わる人たちはしてこなかったんです。

――受験に限らず地理や歴史は社会を知るための土台。政治経済はその後なんだという。

政治経済を学んで、世の中を分かったつもりになってるようでは薄っぺらい。それでは駄目なんですよ。結局、政治や経済、法律の成り立ちは歴史が分からないと駄目なわけですし、地理は歴史に大きな影響を与えます。

地理や歴史ではなく、政治経済だけ勉強して大学に入るような子たちって、知識をつけたり論考をしたりしていくうえでの土台ができていないんですよ。受験でも社会2科目必須にすればいいと思うんですけど、受験生はそういう大学を敬遠するでしょうね。大学側は学生を集めるのに必死だから、すぐには難しいでしょう。

王将が餃子の野菜を国産にした理由

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『経済は地理から学べ!』(クリックするとAmazonに飛びます)

――まだ本書を読んでいないビジネスパーソンや投資家にはどう本書を勧めますか?

そうですね、まず地理を学ぶと視野が広がります。僕はインターネットが登場して視野が広がったのは一部の人たちだけだと思っています。多くの人たちが逆に見たいものしか見なくなって、世界や視野はむしろ狭まっているのではないでしょうか。

それを自主性の結果だ、個性だと言えばかっこいいですけど、強制されること、それによって得られるものも大事です。地理もを学んで視野を広げてほしい。視野が広がると、知識もが連鎖する。断片的に得たあらゆる情報や知識がつながっていき、新しい視野を得ることによって体系だったものになっていきます。

例えば、どこかの国で起きた出来事について、その事実とその背景を説明するとしましょう。地理を学んで視点をしっかりもっている学生なら、納得し、理解できるかもしれませんが、視点がない学生に伝えても、聞いたままの情報を「あー、そうなんだ」と思って終わり。その理由に思い至ることはないでしょう。さらに歴史まで紐解いて考えるという意識は皆無でしょうね。

その点、大人は知識がそれなりにあるので、地理を学ぶことで、昔学んだけど分からなかったことが、「あっ、なるほど! そういうことだったのね!」と分かるでしょうし、今世界で起きているいろんなことについても、その背景や理由が分かるかもしれません。

それに世界、日本の地理で学ぶいろいろな知識を持っていれば、酒の席で会話も弾むと思います(笑)。

――ニュースで聞くあらゆる事件や出来事について、自分なりの考察や分析ができるようになる。これは投資やビジネスで成功する上で重要ですね。

そうです。本書は時事的な話題も取り上げているので、今の世界を読み解くという点でも役に立つと思います。たとえばトランプ大統領がTPPを離脱する理由について地理の観点から考察しています。

実は本書の最終ゲラ、印刷直前の段階でもまだトランプ大統領は誕生していなかったんです。当選後、就任式前だったのですが、予測・予定ということで取り上げました。

――知識をつけるというとすぐに暗記を連想する人もいますが、地理を学ぶということはあくまで視点や考え方を身につけるということなんですね。

ええ、たとえば日常生活でも、スーパーでモロッコ産のタコを見て、「モロッコから来てるんだ。ふーん」で終わると駄目なわけです。モロッコは目の前にカナリア海流という寒流が流れていて、寒流はタコとイカがよく捕れる。モロッコの人たちはイスラム教を信じる人が多くて、イスラム教徒はイカ・タコを食べないから、日本へ輸出されてくる……といったところまで話を繋げると面白い。もちろん、そうした「考えるクセ」を努力してつけなければいけないとも思います。

そういうことって、特に学生や若い人は絶対に強制されないと、絶対に身に付かないと思うんですね。受験勉強はその強制力になると思います。

――さらにいうと、日本では国産ナンバーワン信仰みたいなものがありますね。海外産は質が悪いからよくない、それで思考を止めている。

授業で一度、「餃子の王将」が餃子の中身を国産の野菜に替えた話を知ってるか、学生に聞いてみたことがあります。それは円安の中で輸入すると高くつくからだったんですね。外国から安い野菜を買っても、為替レートや輸送費の都合で国産野菜を調達するのと仕入れ値が変わらないんだったら、より安全をうたえるほうを取ったということでした。

そこで「単純に(「王将の餃子」の)餃子が国産の野菜だけで作られているらしい、安全そうだから食べに行こう!じゃ駄目だよ」という話をしました。「なぜそうなったのか」を考えなさいと。そういうふうに、背景や狙いについて考える材料は、身近にいっぱいあります。ただみんな見過ごしているだけ。生活の中でもちょっと立ち止まって、ファクトベースで考えて、その理由とか背景などを探るクセをつけていくべきだと思います。

――ただ情報を与えられても、考え方というか、視点・視座、自分なりの物差しがないと、考えられませんね。地理を学ぶことで、それが身に付けられると。

応用が利くようになると思います。本書で物事に対する見方、考え方というのも学べると思います。

お金を稼ぎたい、欲しいものは手に入れる……そういうガッツをもって欲しい

――ところで先生は昔から地理好きだったんですか。

はい、高校のときからずっと好きでした。学べば学ぶほど、世の中の仕組みがわかるようになる。面白かったですね。高校は鹿児島市にある私立の池田学園池田高校で、日本大学文理学部地理学科に進学して地理学を専攻しました。地理学科では、それこそ「ブラタモリ」みたいに地形図を片手に地域を調査する、「巡検」をしていました。

――先生も「ブラ宮路」をしたら地理ファンが増えるかもしれませんね。同じタモリさんの番組でも「タモリ倶楽部」が時々古地図の特集をやっていますから、そちらへの出演を狙うとかいかがでしょうか。クイズ番組とかもできそうですよね。

そうですね、タモリさん、僕を呼んでくれないかな。その前に「タモリ倶楽部」への出演に代ゼミの許可が出るかな。そういうメディアへの露出は積極的にしていきたいんですよね。地理というものを見直してもらいたいので、声を掛けていただければ、どんどん出ていきたい。あとクイズやバラエティー番組の監修もできると思いますね。「何か歌え」というならば、歌だって歌いますよ(笑)。発声練習もかねて、現役の歌手の方に歌を習っているくらいですから。

――投資やビジネスにこれからがんばろうという若い読者に対して声をかけるとしたら?

そうですね、投資に関心がある読者が多いということですが、若い人にはいっぱいお金を稼いでほしいですね。僕はそう思います。お金って、あって困るものじゃないですし、やっぱりお金を稼いだ人は偉いと思うんですよ。社会にそれだけの価値を生み出したということで、よく頑張ったわけですから。これからの日本を良くするためにも、もっと夢を見てほしい。

特に若い世代では「これ以上稼がなくても生活していける」という声が多いようですが、ガッツがほしいですよね。欲しい車があったら頑張ってお金貯めて買うとか。好きな女の子がいたらガンガンアタックするとか(笑)。お金がない、時間がないということを理由にして欲しくない。むしろ50代、60代の方のほうが、元気な気がするんですよ。

何かを得ようとすると、たしかにリスクも伴いますが、そういうものを恐れずにチャレンジして、いっぱいお金を稼いでほしいなと思います。

――そして地理を学んでおいたほうがお金を稼げると(笑)。

お金を稼げるようになるために必要なものの一つが地理だと思います。学べば絶対にお金が稼げるようになるとは言いませんが、学ばないときっと稼げないんじゃないでしょうか。そのためにも、僕は地理教育の重要性を世に問うていきたいと思っています。