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こんにちは、経済学修士号を取得後、株価推定の事業・研究を行っている「たけやん」です。宜しくお願いします。

安倍政権が誕生して以降、5月頃にかけて一気に円安方向に向かいました。最近は少し円高方向に進みつつありますが、実質実効為替レートで見れば、それでもプラザ合意頃と同等に円安であり、極めて円安の状態である事が分かります。

日本政府が自信を持って大規模な金融緩和を行っている背景には、「2003年の大規模介入の成功」があると思われますが、それは錯誤である事を示し、実際にはマネーストックは増えていませんでした。そして、当時円安になった主因は円キャリートレードです。その上で、最近の円安化の理由を考察します。


参考文献

今回は、「2003年頃の状況」については野口(2013)を参照し、金融緩和の理論的裏付けとなるマンデル=フレミング・モデルについては上川・藤田(2012: 265-270)の説明に準拠して行います。原著に興味がある人の為に、上川・藤田(2012)は専門書ですが、野口(2013)は一般書であり、経済学の知識が無い人でも分り易い内容になっている事を補足しておきます。

参考文献1:上川孝夫・藤田誠一(2012)『現代国際金融論〔第4版〕』有斐閣

参考文献2:野口悠紀雄(2013)『金融緩和で日本は破綻する』ダイヤモンド社


金融緩和の根拠となるマンデル=フレミング・モデル

マンデル=フレミング・モデルは、ヒックスのIS-LMモデルをオープンマクロ経済に拡張したもので、IS-LM-BPモデルとも言います。図1が、変動相場制におけるマンデル=フレミング・モデルを簡単に図示したものです。

変動相場制におけるマンデル=フレミング・モデルの模式図

図1:変動相場制におけるマンデル=フレミング・モデルの模式図

出典:上川・藤田(2012: 267)の図12・4(2)

この図において縦軸は利子率i、横軸は総生産・総所得Yを示しています。右下がりのIS曲線は国内財市場における均衡を示す曲線で、右上がりのLM曲線は国内貨幣市場の均衡を示す曲線です。

BP曲線は国際収支の均衡を示します。Yが大きいほど経常収支が赤字になりますが、それを相殺する資本流入があれば国際収支が均衡します。また、金利が高いほど資本収支が黒字になります。故に、国際収支の均衡には、経常収支赤字と資本収支黒字か、経常収支黒字と資本収支赤字になり、BP曲線は右上がりになります。また、資本移動が自由であるほどBP曲線は水平に近くなります。図1では、かなり資本移動の自由が高い状態です。

さて、中央銀行が金融緩和を行ったとしましょう。この時、マネーストックが増えてLM曲線が右にシフトして、図の均衡点が①から②へ移動します。この時の総生産Yが増えているので、経常収支は赤字になり、また、金利も低下して資本収支も赤字になります。

この時、変動相場制を採用している国では、国際収支が赤字になると自国通貨安が起こり、輸出が拡大するので、生産の増大によりIS曲線が右にシフトします。同時にBP曲線も右シフトし、新しい均衡点③にいきます。

ここまでをまとめれば、

1金融緩和
2マネーストック増加
3金利低下
4内需拡大
5国際収支赤字
6通貨安
7外需拡大
8外需をまかなう為の生産増加

という好循環が想定されています。これが2003年当時や現在のアベノミクスでの目的と言い換える事も出来ます。


実際にはマネーストックは増えていなかった

野口(2013)によると、2000年代前半の金融緩和は成功したと捉えられていますが、確かに通貨安は実現しましたが、マネーストックは増えていませんでした。下図2は、マネタリーベースとマネーストックの推移を示しています。金融緩和によって調整出来るのがマネタリーベースで、実際に貸出が増えるとマネーストックが増えますが、2002~2005年頃に大幅にマネタリーベースを増やしていますが、マネーストックに敏感な変化はありません。これは、前節における「金融緩和→マネーストック増加」というロジックの通りになっていないという事です。これがある種の錯誤になってアベノミクスにおける金融政策を後押しになっているのではないでしょうか。

マネタリーベースとマネーストックの推移

図2:マネタリーベースとマネーストックの推移

出典:野口(2013: 41)の図表2-2


円キャリートレードが円安化の主因

マネーストックが伸びていない以上、マンデル=フレミング・モデルで出てくる「金利低下から通貨安」にかけてのロジックも批判的に見なければなりません。実際、日本の実質金利は高い状況にあるものの、名目金利が極めて低いので、いわゆる「流動性の罠」が発生し、金融政策があまり効果を持たない状況になっています。

それでも円安になったのは円キャリートレードの影響であると考えられています。日米の金利差が大きく、日本の金利が上がらないという予測が蔓延している以上、投資資金を円ベースで借りてドルを買い、ドルベースで運用する「円キャリートレード」が広く行われていたというのが主流の見方です。

円キャリートレードによってドルが多く買われるので結果として円安になり、それが米国の不動産バブルを後押ししたとも言われています。


安倍政権下での円安は何が原因か

前述しましたが、2000年代前半は、短期金利が低かった事により、マネタリーベースを増やしてもマネーストックが増えにくい状況にありました。マンデル=フレミング・モデルでは金融緩和によって金利を下げられるという事が前提であり、その意味で、バブル崩壊後の日本はマンデル=フレミング・モデルが成立しにくい状況にあります。

アベノミクスでの異次元緩和は、大幅に金融緩和を行う事で長期金利まで下げる事によって実質金利を下げようという目的があります。これがマネーストックの増加をもたらすかどうかについては今後の動向を見なければなりませんが、ここでは円安の要因についてコメントしておきましょう。

簡単に言えば、アベノミクス下での円安は、「異次元緩和」と「インフレターゲット」による大胆な宣言により「金利を上げる事が無いだろう」というシグナリングが働いていると思われます。少なくとも日銀が国債を買い支え、長期金利を押し下げる事を行っている限りは、金利が上がる見込みは少ないので、2000年代と同様円キャリートレードが活発化している可能性が高いです。

但し、日銀が永遠に国債を買い支え続けるわけにもいかないですし、何よりも「財政ファイナンス」とみなされれば国債が暴落する可能性があるので、そこはリスクになります。日銀の出口戦略に注視したいところです。

photo credit: tenaciousme via photopin cc