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こんにちは、経済学修士号を取得後、株価推定の事業・研究を行っている「たけやん」です。宜しくお願いします。

1970年代以降、米国の経常収支赤字を問題視して、米国から投資資金が引き上げられてドル相場が急落する「ドル危機シナリオ」が唱えられ続けているわけですが、長期的にドル安が続いた事はまだありません。

今回は、「なぜドル危機シナリオが実現しないのか」を、行天(2011:6章)を用いて検討します。
まず、経常収支赤字と為替レートには殆ど関係が無い事を述べ、「基軸通貨としてのドルに備わる安全弁」を3つ(①多額の対外資産の規模、②対外資産・対外負債におけるプラスの投資リターン傾向、③対外資産・対外負債の非対称な通貨構成)とそのメカニズムを説明します。


「ドル危機シナリオ」とは

一般的に主張される「ドル危機シナリオ」は以下のようなものになります。

米国の経常収支赤字の拡大

リスク・プレミアム(※)の増加
(※)リスクに対して支払われる対価のこと。リスク・プレミアムが大きいほどリスク回避的(=高いリターンが見込まれなければ投資を行わない)になる。

米国への資本流入の減少

米ドルの急落

米国の経常収支が赤字である主な理由は、「外国から米国に多額の投資が行われている」事と「貿易赤字」です。
ドル高になると、米国にとって輸入が有利になるので輸入額が増えます。また積極的に米国に投資が行われ、その収益が海外に移転する事によっても経常収支の赤字は増えます。

この経常収支赤字自体が「過剰投資である」というシグナルになり、それが資本の引き上げを招くというのが「ドル危機シナリオ」です。


経常収支赤字と為替レートとが殆ど関係が無い

図は、米国の実質実効為替レート指数と経常収支赤字の対GDP比の推移を示しています。
新興国の台頭の中で全体的に米国の為替レート(指数が高いほどドル高)がこの30年で下がっている事が分かりますが、経常収支赤字の対GDP比とは殆ど関係がなく、相関係数は0.189に過ぎません。そして、そのレート変化も上下を繰り返しながらであり、「ドル危機」と言われるほど深刻な状況には見えません。
行天(2011:pp. 292-293)が指摘するように、リーマンショック後の2008年から2009年にかけては、資本が引き上げられて経常収支赤字が縮小しているにも関わらず、為替レート自体は寧ろ上がっている現象すら発生しています。

ドル危機シナリオは何故実現しないのか

図:米国の実質実効為替レート指数と対GDP比経常収支赤字の推移

出典1:実質実効為替レート指数は BANK FOR INTERNATIONAL SETTLEMENTS が作成したもの

出典2:対GDP比の経常収支赤字は 世界経済のネタ帳 より引用

それでは、何故「ドル危機シナリオ」というような深刻な状況は起こってはいなのでしょうか。


基軸通貨としてのドルに備わる安全弁

行天(2011: 293)は、ドル危機シナリオが発生しない理由として、

(1)1990年代以降急速に拡大し、実額で20兆ドル、GDPの138%に及ぶ米国の対外資産の規模。

(2)対外資産・負債のプラスの投資リターン格差の存在。

(3)対外資産・負債の非対称な通貨構成

を挙げています。これらを説明した上で、筆者の見解を述べましょう。


安全弁のメカニズム

まず、米国が多額の対外資産を保有している事により、もし海外投資家が米国から資本を引き上げようとした時は、米国の金融資産価格等が急落します。
この時、当然米国の投資機関に対しても「出資者の解約要請」が殺到して、対外資産を切り崩して払い戻しを行わなければなりません。つまり、海外投資家が米国から資本投下を縮小させると、自ずと米国にある多額の対外資産も売られる事になり、結果として、

海外投資家のドル売り ≒ 米孤高投資家のドル買い

で相殺され、ドル相場が危機的な状況にまで下落する事が阻止されるのです。

また、ドルキャリートレード(※2)を行っていた海外投資家も、米国の資産価格が急落すれば、資産を売却してドルを買い戻す事になるので、リーマンショック後に寧ろドル高になりました。(pp. 293-294)(※2)ドルを借りて他国通貨を買い、海外の資産に投資すること

また、海外投資家の米国への投資が長期的にゆるやかに減少していった場合は、米国の対外負債のコスト(海外への利払い)に対して、米国の対外資産のリターンが大きく上回っている状態が長期的に続いている事がドル危機シナリオを回避しています。
約20年間に渡り、対外資産からのリターンが、対外負債への利払いを平均で6%上回っています。故に、少し海外からの投資が引き上げられてドルが下落しても、投資リターン格差は拡大する(名目値で年率2%のスピードでドルが下落しても、リターン格差が1%拡大する計算)ので、現在の緩やかなドル下落の中でも、対外純負債を安定させる事になり、対外資産と対外負債を均衡化させ、ドル下落を見て、ドルが投げ売りされる自体にはなりにくいという構造があります。(pp. 288-290)


今後もこの均衡が続くか

行天(2011)の議論で注意しなければならないのは、「名目値で年率2%のスピードでドルが下落しても、リターン格差が1%拡大する」という部分です。
現在は恐慌時を除いて、新興国を中心に経済成長が目覚しいので、米国の対外資産は大きなリターンを上げており、また、米国も経済成長を続けているので、対内投資が急激に落ち込むという現象は起こっていません。

しかし、長期的に考えれば、世界経済の成長率が頭打ちになるという予測もありますし、米国が低成長の時代を迎える可能性もあります。
世界経済の成長率が頭打ちになれば、今ほど投資リターンの格差が大きくなくなるので、僅かなドルレートの低下が深刻な影響をもたらす可能性があります。また、そもそも米国の経済成長率が大幅に低下すれば、海外に資本が引き上げられてドルが急落します。

つまり、ドル危機シナリオが実現していないのは、「世界経済が安定して成長している」事と「米国が安定して経済成長している」事が両立しているからです。この状態が変われば、容易に均衡が崩れてしまうので、そこには注意が必要です。


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photo credit: Alexis Fam Photography via photopin cc