前回 は、近年のエンゲル係数上昇の実態が、家計の可処分所得の低下ではなく食料品の相対価格上昇と消費者の平均消費性向の低下であり、食料品価格上昇の主因は円安よりも天候不順に伴う生鮮野菜価格が上昇した一時的な要因が大きいことを分析した。そこで今回は、エンゲル係数上昇の最大の要因である平均消費性向の低下について分析する。

原油価格の下落がエンゲル係数上昇の主因

エンゲル係数
(写真=PIXTA)

平均消費性向が低下している背景としては、①原油価格の下落などによるガソリンを含む「自動車等維持」や「電気代」の支出減、②2014年4月の消費税率引き上げに伴う需要の先食いを通じた「自動車等購入」やリフォームなどの「設備修繕・維持」の支出減‐‐が主因となっている。

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しかし、昨秋以降は循環的に世界経済が回復しつつあり、原油価格が減産合意等から持ち直し傾向で推移する一方、主要国のインフレ率上昇を受けて、市場の期待インフレ率も上昇している。こうなれば、世界のマネーの流れは、安全資産の国債からリスク資産の株やコモディティーに流れやすくなることに加え、為替もリスク回避通貨とされる円が買われにくくなり、今後も昨年より高水準のガソリンや電気代の価格が維持される可能性が高い。つまり、今後のガソリン等を含む「自動車等維持」や「電気代」の支出は昨年よりも増加すると見ておいたほうが良い。

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エンゲル係数上昇をもたらした駆け込み需要の反動

一方、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動減も永遠に続かない。需要の先食いといっても、5年も10年も先の需要まで前倒しできないためだ。事実、経済産業省「商業動態統計」によれば、自動車や機械器具小売業の販売額指数は、いずれも昨年中に底打ちをして、持ち直し基調にある。従って、ガソリンや光熱費が上昇する中で消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動が軽減すると、特に車や家電、リフォーム等の支出を中心に全体の消費支出の拡大を通じてエンゲル係数の押し下げ要因となる。そして生鮮野菜価格の高騰が落ち着くとなれば、食料品支出も低下に転じ、エンゲル係数の水準は一段と低下する。

さらに重要なのは、耐久財の買い替えサイクルも到来しつつあることがある。事実、経産省の商業販売統計で自動車や機械器具小売業の販売額指数を見ると、2009~2010年にかけたエコカー補助金や減税、地デジ化、家電エコポイント等により指数が盛り上がっており、その後反動減となっている。こうした耐久消費財の中でも、新車やカラーテレビについては平均使用年数が9年程度となっており、2017年頃から買い替えサイクルが出始めることを表していると言えよう。そして、こうした買い替えサイクルの到来は平均消費性向のさらなる上昇を招き、結果としてエンゲル係数の更なる低下圧力になると言える。

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エンゲル係数の変化には慎重な判断が必要

こうした状況に対し、世間では2015年以降のエンゲル係数急上昇について「生活水準の低下」との見方がされている。しかし、原油価格の下落に伴う余分なエネルギー出費の減少によりエンゲル係数が上昇しても、それは生活水準の低下とは言えず、駆け込み需要の反動による一時的なエンゲル係数の上昇も割り引いて考える必要がある。

つまり、本当の意味での生活水準の低下には、単純な消費支出の減少だけでなく、家計の実収入の減少や増税等による非消費支出の増加等を通じた可処分所得の減少が必要となる。そしてそうなるには、家計の可処分所得の減少により消費支出がやむなく減少することによるエンゲル係数の上昇がもたらされることが不可欠といえよう。従って、エンゲル係数を評価する場合は、単純な食料費と消費支出の関係だけではなく、その背景にある相対価格や可処分所得、平均消費性向等に要因を分解して慎重に判断すべきではないだろうか。

永濱利廣(ながはま としひろ)
第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト
1995年早稲田大学理工学部卒、2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年4月第一生命入社、1998年4月より日本経済研究センター出向。2000年4月より第一生命経済研究所経済調査部、2016年4月より現職。経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事兼事務局長、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使。